重賞結果 | 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

愛知杯

愛知杯

開催地	小倉競馬場
施行日	2011年12月18日
施行時期	12月中旬 - 下旬
(原則3回中京4日目)
格付け	GIII
1着賞金	3800万円
賞金総額	7200万円
距離	芝2000m
出走条件	サラブレッド系3歳以上牝馬(国際)(特指)

負担重量	ハンデキャップ競走
第1回施行日	1963年8月11日

愛知杯(あいちはい)は、日本中央競馬会(JRA)が中京競馬場の芝2000mで施行する競馬の重賞競走(GIII)。
優勝馬主には農林水産大臣賞と、愛知県知事賞が贈られる。農林水産省が賞を提供しており、正式名称は「農林水産省賞典 愛知杯」と表記している。

愛知杯 概要
元々はカブトヤマ記念、中日新聞杯とともに父内国産馬限定重賞競走として年末(2000年より春季開催)に開催されていたが、種牡馬リーディング上位を争う内国産種牡馬の登場により、父内国産馬の奨励賞の目的がほぼ達成できたという観点から、2004年の番組改編で、牝馬限定の重賞競走として生まれ変わった。ただし、レースの開催回次は継続されている。なお、同様にカブトヤマ記念も福島牝馬ステークスに変更された。こちらはカブトヤマ記念を一旦廃止した上での新設競走扱いとなるため開催回次は2004年を改めて第1回とした。
2006年からは再び年末に開催時期を変更し、ヴィクトリアマイルの前哨戦として春に開催変更となった阪神牝馬ステークスに替わる年末の牝馬限定競走に位置づけられ、エリザベス女王杯の出走馬およびヴィクトリアマイルに向けて獲得賞金の加算を目指す牝馬が出走している。
現在の優勝レイの配色は、紫色の地に黄色文字となっている。
出走資格は、サラ系3歳以上牝馬で、施行日当日の1週前から過去1年前までの期間内に1回以上出走のJRA所属の競走馬と、JRAに認定された地方所属の競走馬(2頭まで)及び外国調教馬(9頭まで)。
負担重量はハンデキャップである。
2011年度現在の総額賞金は7,200万円で、1着賞金3,800万円、2着賞金1,500万円、3着賞金950万円、4着賞金570万円、5着賞金380万円と定められている。

愛知杯 歴史
4歳(現3歳)以上競走時代
1963年 - 中京競馬場の砂2000mの4歳(現3歳)以上のハンデキャップの重賞競走、「愛知杯」として創設。
1966年 - 名称を「農林省賞典愛知杯」に変更。
1970年 - 中京競馬場の芝コース設置により、施行コースを現在の芝2000mに変更。
1972年 - 父内国産馬限定競走に指定。
1974年
シルバーランドが史上初の連覇。
高橋成忠が騎手として史上初の連覇。
佐藤勇が調教師として史上初の連覇。
1976年 - ハードラークとトウカンタケシバが同着優勝。
1977年
トウカンタケシバが史上2頭目の連覇。
浅野武志が調教師として史上2人目の連覇。
1978年 - 農林省の名称変更により「農林水産省賞典愛知杯」に変更。
1984年 - グレード制施行によりGIIIに格付け。
1987年
施行日をウインターステークスと交換。
ピーターホーラーが史上3頭目の連覇。
飯田明弘が騎手として史上2人目の連覇。
荻野光男が調教師として史上3人目の連覇。
1998年 - 特別指定交流競走に指定され、地方馬は2頭まで出走可能となる。
1999年 - 小倉競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝2000mで施行。
2000年
開催時期を12月から6月に変更。
特別指定交流競走から外れる。
2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
2003年 - 愛知の吉田稔が騎手として史上3人目の連覇となり、地方所属の騎手としては史上初。
3歳以上牝馬限定競走時代
2004年
出走条件を「3歳以上」から「3歳以上牝馬限定」に変更。
父内国産馬限定競走から混合競走に変更。
2006年
開催時期を6月から12月に戻す。
混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は4頭まで出走可能となる。
特別指定交流競走に再び指定され、地方馬は2頭まで出走可能となる。
2007年 - 日本のパートI国昇格に伴い、外国調教馬の出走枠が8頭に拡大。
2009年 - 外国調教馬の出走枠が9頭に拡大。
2010年
中京競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝2000mで施行。
施行日を阪神カップと交換し、土曜日開催から日曜日開催に変更。中山競馬場で行われる朝日杯フューチュリティステークスと同日開催となる。
セラフィックロンプが当競走で史上4頭目となる2度目の優勝を果たすと共に、中京・小倉の両方の開催地で制覇。
2011年 - 中京競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝2000mで施行予定。
2012年 - 施行日を土曜日開催に戻す。

愛知杯 歴代優勝馬
4歳(現3歳)以上競走時代
回数	年月日	優勝馬	勝時計	性齢	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1963年8月11日	バンダル	2分05秒0	牡3	浅見国一	藤本冨良	白井新平
第2回	1964年8月23日	コウタロー	2分06秒5	牡4	武邦彦	柴田不二男	上田正次
第3回	1965年12月26日	アオバ	2分06秒2	牡3	沢峰次	森末之助	清水友太郎
第4回	1966年12月18日	パラデイン	2分09秒0	牡4	矢野照正	阿部正太郎	大和通孝
第5回	1967年12月17日	カブトザン	2分06秒6	牡4	小林常泰	小西喜蔵	梅原トモ
第6回	1968年12月15日
(予定)	前週に暴動が発生したため開催中止
第7回	1969年8月3日	グローブターフ	2分04秒5	牝3	佐々木昭次	阿部正太郎	ターファイトクラブ
第8回	1970年12月20日	オウジャ	2分01秒8	牡3	古賀正俊	古賀嘉蔵	(有)鎌田牧場
第9回	1971年12月19日	スリービート	2分01秒5	牡4	稲部和久	諏訪佐市	永井永一
第10回	1972年12月3日	シンザンミサキ	2分01秒4	牡3	久保敏文	久保道雄	(有)近藤牧場
第11回	1973年12月2日	シルバーランド	1分59秒9	牡3	高橋成忠	佐藤勇	冨士田竹三
第12回	1974年12月22日	シルバーランド	2分01秒5	牡4	高橋成忠	佐藤勇	冨士田竹三
第13回	1975年12月21日	イナボレス	2分01秒7	牡6	矢野一博	大久保末吉	(有)イナトミ
第14回	1976年12月19日	ハードラーク	2分00秒9	牡4	増沢末夫	久保田金造	榊原富夫
トウカンタケシバ	牡3	清水英次	浅野武志	関口量三
第15回	1977年12月18日	トウカンタケシバ	2分03秒3	牡4	野川秋良	浅野武志	関口量三
第16回	1978年12月17日	ハシコトブキ	2分01秒7	牡4	安田伊佐夫	内藤繁春	(株)シンザンクラブ
第17回	1979年12月16日	グレートタイタン	2分01秒2	牡4	武邦彦	吉田三郎	長底定治郎
第18回	1980年12月21日	ウエスタンジョージ	2分00秒2	牡4	加用正	北橋修二	西川商事(株)
第19回	1981年12月20日	ヒヨシシカイナミ	2分02秒7	牡4	柴田政見	柴田不二男	酒井登
第20回	1982年12月5日	ワイエムアロー	2分00秒7	牡3	田原成貴	谷八郎	ワイエム観光(株)
第21回	1983年12月4日	アローボヘミアン	2分00秒2	牡4	岩元市三	梶与四松	伊達秀和
第22回	1984年12月2日	キクノペガサス	2分00秒3	牝3	南井克巳	宇田明彦	佐々木秋芳
第23回	1985年12月1日	ロングクイック	2分01秒3	牡3	内田国夫	小野幸治	中井商事(株)
第24回	1986年11月30日	ピーターホーラー	2分00秒0	牡3	飯田明弘	荻野光男	松坂正喜
第25回	1987年12月13日	ピーターホーラー	2分00秒3	牡4	飯田明弘	荻野光男	松坂正喜
第26回	1988年12月11日	カツトクシン	1分58秒2	牡3	松永幹夫	安田伊佐夫	渡辺典六
第27回	1989年12月10日	グレートモンテ	1分59秒0	牡4	猿橋重利	高橋成忠	野﨑龍一
第28回	1990年12月9日	ホワイトアロー	1分59秒8	牡3	内田国夫	小野幸治	東山ホース(株)
第29回	1991年12月8日	ヤマニンシアトル	2分00秒8	牡4	熊沢重文	橋本寿正	土井薫
第30回	1992年12月13日	ヌエボトウショウ	2分02秒5	牝5	角田晃一	渡辺栄	トウショウ産業(株)
第31回	1993年12月12日	ホマレオーカン	2分00秒6	牡3	菊沢隆徳	柄崎孝	(株)グリーンテック
第32回	1994年12月11日	テンザンユタカ	2分00秒1	牝3	松永昌博	松永善晴	平野三郎
第33回	1995年12月10日	サウンドバリヤー	2分00秒2	牡3	河北通	小野幸治	名古屋友豊(株)
第34回	1996年12月8日	ファンドリショウリ	2分00秒8	牡5	宝来城多郎	布施正	水戸富雄
第35回	1997年12月7日	サクラエキスパート	2分00秒6	牡4	佐藤哲三	佐々木晶三	(株)さくらコマース
第36回	1998年12月13日	カネトシガバナー	2分01秒6	牡3	秋山真一郎	野村彰彦 	兼松利男
第37回	1999年12月12日	バンブーマリアッチ	1分59秒9	牡4	野元昭嘉	梅内忍	(有)バンブー牧場
第38回	2000年6月3日	トゥナンテ	1分58秒6	牡5	幸英明	松元省一	(有)社台レースホース
第39回	2001年6月2日	グランドシンザン	1分59秒8	セン7	安藤勝己	坂田正行	元屋地文明
第40回	2002年6月2日	トウカイパルサー	2分00秒3	牡5	吉田稔	松元茂樹	内村正則
第41回	2003年6月8日	カゼニフカレテ	1分59秒7	牡4	吉田稔	佐々木晶三	小田切有一
3歳以上牝馬限定競走時代
回数	年月日	優勝馬	勝時計	性齢	優勝騎手	管理調教師	馬主
第42回	2004年6月6日	メモリーキアヌ	2分00秒6	牝4	秋山真一郎	湯窪幸雄	(株)シンザンクラブ
第43回	2005年6月5日	マイネソーサリス	2分01秒3	牝4	安部幸夫	佐々木晶三	(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第44回	2006年12月16日	 アドマイヤキッス	1分58秒6	牝3	武豊	松田博資	近藤利一
第45回	2007年12月15日	 ディアデラノビア	1分58秒9	牝5	C.ルメール	角居勝彦	(有)キャロットファーム
第46回	2008年12月20日	 セラフィックロンプ	1分59秒2	牝4	宮崎北斗	武藤善則	井上一郎
第47回	2009年12月19日	 リトルアマポーラ	1分59秒7	牝4	中舘英二	長浜博之	(有)社台レースホース
第48回	2010年12月19日	 セラフィックロンプ	1分59秒5	牝6	宮崎北斗	武藤善則	井上一郎
第49回	2011年12月18日

朝日杯フューチュリティステークス

朝日杯フューチュリティステークス
第51回朝日杯3歳ステークス
開催地	中山競馬場
施行日	2011年12月18日
施行時期	12月中旬 - 下旬
(原則5回中山6日目)
格付け	GI
1着賞金	7000万円
賞金総額	1億3400万円
距離	芝・外1600m
出走条件	サラブレッド系2歳牡・牝(国際)(指定)

負担重量	馬齢(牡馬55kg、牝馬54kg)
第1回施行日	1949年12月3日

朝日杯フューチュリティステークス(Asahi Hai Futurity Stakes)とは日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場の芝1600mで施行する中央競馬の重賞(GI)競走。
正賞は朝日新聞社賞、日本馬主協会連合会会長賞、日本軽種馬協会会長賞。

朝日杯フューチュリティステークス 概要
1949年に関東所属の2歳(旧3歳)競走馬のチャンピオン決定戦朝日杯3歳ステークスとして創設、中山競馬場の芝1100mで施行された。その後1959年からは芝1200m、1962年からは現在の芝1600mに距離が延長され、1971年からは混合競走に指定され、1984年からはグレード制導入により最高位のGIに格付けされた。
1991年に栗東所属(関西)の2歳(旧3歳)競走馬のチャンピオン決定戦の阪神3歳ステークスが2歳(旧3歳)牝馬限定戦の阪神3歳牝馬ステークス(現在の阪神ジュベナイルフィリーズ)に変更されるのに合わせて出走条件を2歳(旧3歳)牡馬・騸馬に変更され、2歳牡馬チャンプ決定戦の位置付けとして施行されるようになった。
GI昇格後から10年間はメリーナイス、サクラチヨノオー、アイネスフウジン、ミホノブルボン、ナリタブライアンと5頭の東京優駿優勝馬を輩出した為、「クラシックへの登龍門」とも言われた。
2001年に競走馬の年齢表記を国際基準に合わせたことに伴い、競走名が朝日杯フューチュリティステークスとなった。競走名のフューチュリティ(Futurity)とは、英語で「未来・将来・前途」という意味がある。2004年からは3歳のクラシックと出走条件を合わせる目的から、出走条件が牡馬・牝馬になり騸馬の出走ができなくなった[1]。ただ、騸馬が優勝したことはこれまで一度もなかった。
中央競馬の2歳馬限定のGI競走(2007年から2009年までJpnI)は2つ(地方競馬の全日本2歳優駿を合わせても3競走)のみで1991年に内1競走が牝馬限定となったので、規定は無いがそれ以降は毎年この競走の優勝馬がJRA賞最優秀2歳牡馬に選出されている[2]。
このレースは有馬記念と同じ開催で行われることになっているため、これまで中山競馬場以外で開催されたことは一度もない。
なお武豊はこの競走で3度2着を記録しているものの、JRAGIの中でこの競走とマイルチャンピオンシップは未勝利である(2010年現在)。

朝日杯フューチュリティステークス 出走資格
原則としてサラ系2歳(旧3歳)のJRA所属の牡馬・牝馬競走馬、JRAに認定された地方所属の牡馬・牝馬競走馬(5頭まで)及び牡馬・牝馬の外国調教馬(8頭まで)。
JRA所属馬は通算の収得賞金が多い順に出走が可能となる。1勝馬は抽選によって出走が決められる。
地方競馬所属馬は以下の競走のいずれかで所定の成績をあげると本競走に出走できる。
競走名	格付	施行競馬場	施行距離	必要な着順	備考
デイリー杯2歳ステークス	GII	京都競馬場	芝1600m	1・2着	本競走のステップ競走指定
京王杯2歳ステークス	GII	東京競馬場	芝1400m	1・2着
東京スポーツ杯2歳ステークス	GIII	東京競馬場	芝1800m	1・2着
函館2歳ステークス	GIII	函館競馬場	芝1200m	1着	阪神JFといずれか1競走に優先出走できる。
新潟2歳ステークス	GIII	新潟競馬場	芝1600m	1着
小倉2歳ステークス	GIII	小倉競馬場	芝1200m	1着
札幌2歳ステークス	GIII	札幌競馬場	芝1800m	1着

朝日杯フューチュリティステークス 負担重量
負担重量は馬齢で牡馬は55kg、牝馬は54kgである。
第1回は別定重量51kgで、第2回から第8回は52kg、第9回から第18回および第20回、第21回は牡馬52kg・牝馬51kg、第19回のみ牡馬51kg・牝馬50kg、第22回は牡53kg・牝52kg。
第23回から第42回は馬齢重量となり牡馬54kg・牝馬53kg、出走条件が牡馬・騸馬に変更された第43回から第52回は54kg、第53回から第55回は55kg。出走条件が牡馬、牝馬に戻った第56回より現行の負担重量で施行されている。

朝日杯フューチュリティステークス 賞金
グレード制が施行された第36回(1984年)以降
回(施行年)	総額賞金	1着	2着	3着	4着	5着
第36回(1984年)	5,700万円	3,000万円	1,200万円	750万円	450万円	300万円
第37回(1985年)
第38回(1986年)	5,860万円	3,100万円	780万円	470万円	310万円
第39回(1987年)	6,260万円	3,300万円	1,300万円	830万円	500万円	330万円
第40回(1988年)	6,800万円	3,600万円	1,400万円	900万円	540万円	360万円
第41回(1989年)	7,600万円	4,000万円	1,600万円	1,000万円	600万円	400万円
第42回(1990年)	8,050万円	4,200万円	1,700万円	1,100万円	630万円	420万円
第43回(1991年)	8,980万円	4,700万円	1,900万円	1,200万円	710万円	470万円
第44回(1992年)	1億30万円	5,300万円	2,100万円	1,300万円	800万円	530万円
第45回(1993年)
第46回(1994年)
第47回(1995年)
第48回(1996年)
第49回(1997年)
第50回(1998年)
第51回(1999年)
第52回(2000年)
第53回(2001年)	1億1,400万円	6,000万円	2,400万円	1,500万円	900万円	600万円
第54回(2002年)
第55回(2003年)
第56回(2004年)
第57回(2005年)
第58回(2006年)
第59回(2007年)
第60回(2008年)	1億1,980万円	6,300万円	2,500万円	1,600万円	950万円	630万円
第61回(2009年)
第62回(2010年)	1億3,400万円	7,000万円	2,800万円	1,800万円	1,100万円	700万円
第63回(2011年)
第64回(2012年)

朝日杯フューチュリティステークス 施行コースとその問題点
中山競馬場の芝1600mで第1コーナーのポケットの奥から発走。最後の上り坂以外は延々と下り坂が続くためスピードが出やすい[3]。そして最初の第2コーナーまでの直線距離は240mと短く、そこで外枠発走の馬が大きな距離ロスを受けやすいためにフルゲートの頭数は阪神ジュベナイルフィリーズなどが18頭なのに対し16頭に減らされている[4]。しかしそれ以外にも他の競馬場の同じ距離での競走のコーナーの数の2つであるのに対し3つと多く[5]、またスプリンターズステークスなどの競走でも共通するが最後の直線距離も310mと短く第4コーナーを一団となって曲がるために、そこで大きく膨らんで距離をロスする外枠や最後の追い込みが得意な馬にとって非常に厳しいコース形態となっている。2010年現在、20年以上7枠・8枠の馬の優勝は無く(3着以内なら数例あり。2003年のメイショウボーラーは8枠15番で2着、1996年のオープニングテーマは7枠14番で2着など)[6]、GI昇格時にまで遡ってもそれは10頭以下での施行時に限られている。
つまり、枠順以外の勝敗の要素としては前めで内寄りの位置を確保するためのスタートの上手さや加速力などといった器用さが大きな割合を占めることになる。GI昇格後こそ「クラシックへの登龍門」とも言われクラシック出走条件に合わせて騸馬の出走を禁じるなどの変更が加えられたりしたが、この競走形態により1993年のナリタブライアンを最後にこの競走を制していた馬ばかりか、出走していた馬の中ですら東京優駿を勝った馬はなく、更にこの競走で2007年に3着に入ったキャプテントゥーレが翌年の皐月賞(クラシックの中で最も条件が近い)を制するまで長らくクラシック競走の優勝馬が出ていないという状況が示す通り、クラシックで不振になる傾向が強い。
1993年のナリタブライアン以降も勝ち馬から数多くのGI馬や種牡馬が出ていて出世レースではあるがそのほとんどが故障を発症してクラシックを棒に振ったり、マイラーとして活躍したり、早熟という結果になっている。そのためクラシックを目指す競走馬は阪神競馬場の芝2000mで施行するラジオNIKKEI杯2歳ステークスや有馬記念当日に行われるホープフルステークスなどに出走させる傾向もあり、またかつて外国産馬に閉ざされていたクラシックも近年は開放されつつあるため、こぞってここを目標に外国産馬が出走するという光景も見られなくなっている。
ただし2006年のドリームジャーニーは5歳時に宝塚記念・有馬記念を優勝。2009年のローズキングダムはクラシックで2着2回の後に第30回ジャパンカップで優勝するなど、中には本競走からクラシックおよび3歳秋以降のレースで好走する馬もいる。

朝日杯フューチュリティステークス 歴史
1949年 - 中山競馬場の芝1100mの2歳(旧3歳)限定の別定重量の重賞競走朝日杯3歳ステークスとして創設。
1950年 - 出走条件が別定重量51kgから別定重量52kgに変更。
1953年 - 騎手の谷岡敏行が死亡する事故が発生。
1956年
勝尾竹男が騎手として史上初の連覇。
久保田金造が調教師として史上初の連覇。
1957年 - 出走条件が別定重量、牡馬52kg・牝馬51kgに変更。
1959年
施行コースを芝1200mに変更。
この年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
1962年 - 施行コースを芝1600mに変更。
1967年 - 出走条件が別定重量、牡馬51kg・牝馬50kgに変更。
1968年 - 出走条件が別定重量、牡馬52kg・牝馬51kgに戻す。
1970年 - 出走条件が別定重量、牡馬53kg・牝馬52kgに変更。
1971年
出走条件が別定重量から馬齢重量、牡馬54kg・牝馬53kgに変更。
混合競走に指定。
1984年 - グレード制施行によりGIに格付け。
1988年
小島太が騎手として史上2人目の連覇。
境勝太郎が調教師として史上2人目の連覇。
1991年 - 出走条件が2歳(旧3歳)から2歳(旧3歳)牡馬・騸馬に変更。
1993年 - 南井克巳が騎手として史上3人目の連覇。
1995年 - 特別指定競走に指定。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「3歳牡馬・騸馬」から「2歳牡馬・騸馬」に変更。
名称を朝日杯フューチュリティステークスに変更。
出走条件が馬齢重量54kgから定重量55kgに変更。
2003年 - 出走条件が定重量55kgから馬齢重量55kgに変更。
2004年 - 出走条件が2歳牡馬・騸馬から2歳牡馬・牝馬に変更(牝馬の負担重量は54kgに設定)。
2007年 - 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
2008年 - ジャパンカップダートの施行日の変更に伴い、開催週が1週繰り下げ。
2010年 - 国際競走に指定され、重賞格付け表記をGIに戻す。

朝日杯フューチュリティステークス 歴代優勝馬
回数	施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1949年12月3日	アヅマホマレ	牡2	1:07 3/5	八木沢勝美	尾形藤吉	岩崎新太郞
第2回	1950年12月10日	トキノミノル	牡2	1:06 3/5	岩下密政	田中和一郎	永田雅一
第3回	1951年12月9日	タカハタ	牝2	1:06 1/5	八木沢勝美	尾形藤吉	川内安忠
第4回	1952年12月21日	サンゲツ	牝2	1:07 0/5	古山良司	望月与一郎	新倉文郎
第5回	1953年12月13日	タカオー	牡2	1:07 4/5	高橋英夫	上村大治郎	高須銀次郎
第6回	1954年12月12日	メイヂヒカリ	牡2	1:07 3/5	蛯名武五郎	藤本冨良	新田新作
第7回	1955年12月11日	キタノオー	牡2	1:05 4/5	勝尾竹男	久保田金造	田中留治
第8回	1956年12月23日	キタノヒカリ	牝2	1:06 2/5	勝尾竹男	久保田金造	田中留治
第9回	1957年12月15日	カツラシユウホウ	牡2	1:09 0/5	蛯名武五郎	藤本冨良	牧市太郎
第10回	1958年12月14日	ウネビヒカリ	牡2	1:07 0/5	野平祐二	野平省三	山之内軍二
第11回	1959年12月13日	マツカゼオー	牡2	1:12.3	蛯名武五郎	藤本冨良	長山善武
第12回	1960年12月11日	ハクシヨウ	牡2	1:11.2	保田隆芳	尾形藤吉	西博
第13回	1961年12月17日	カネツセーキ	牡2	1:10.9	伊藤竹男	久保田金造	カネツ(株)
第14回	1962年12月16日	グレートヨルカ	牡2	1:38.7	保田隆芳	尾形藤吉	小野晃
第15回	1963年12月15日	ウメノチカラ	牡2	1:38.9	古賀一隆	古賀嘉蔵	梅野昇
第16回	1964年12月20日	リユウゲキ	牡2	1:38.8	油木宣夫	矢倉玉男	福井章哉
第17回	1965年12月19日	メジロボサツ	牝2	1:39.5	矢野一博	大久保末吉	北野俊雄
第18回	1966年12月18日	モンタサン	牡2	1:37.4	油木宣夫	矢野幸夫	古知政市
第19回	1967年12月17日	タケシバオー	牡2	1:38.4	中野渡清一	三井末太郎	小畑正雄
第20回	1968年12月15日	ミノル	牡2	1:40.8	保田隆芳	尾形藤吉	永田卓也
第21回	1969年12月14日	アローエクスプレス	牡2	1:36.2	加賀武見	高松三太	伊達秀和
第22回	1970年12月13日	オンワードガイ	牡2	1:39.8	蓑田早人	森末之助	(株)オンワード牧場
第23回	1971年12月12日	トクザクラ	牝2	1:36.2	田村正光	梶与四松	(有)徳間牧場
第24回	1972年12月10日	レッドイーグル	牡2	1:38.3	岡部幸雄	鈴木清	千屋レッド牧場(株)
第25回	1973年12月9日	ミホランザン	牡2	1:35.5	柴田政人	高松三太	堤勘時
第26回	1974年12月8日	マツフジエース	牝2	1:37.1	増田久	山岡寿恵次	(有)マツケン農場
第27回	1975年12月7日	ボールドシンボリ	牡2	1:38.6	柴田政人	高松三太	和田共弘
第28回	1976年12月12日	マルゼンスキー	牡2	1:34.4	中野渡清一	本郷重彦	橋本善吉
第29回	1977年12月11日	ギャラントダンサー	牡2	1:35.7	吉永正人	松山康久	吉田照哉
第30回	1978年12月10日	ビンゴガルー	牡2	1:36.0	嶋田功	久保田彦之	水野剛
第31回	1979年12月9日	リンドタイヨー	牡2	1:36.7	横山富雄	見上恒芳	(株)デルマークラブ
第32回	1980年12月7日	テンモン	牝2	1:35.5	嶋田功	稲葉幸夫	原八衛
第33回	1981年12月6日	ホクトフラッグ	牡2	1:35.3	柴田政人	中野隆良	森滋
第34回	1982年12月12日	ニシノスキー	牡2	1:35.8	安田富男	元石孝昭	西島清
第35回	1983年12月11日	ハーディービジョン	牡2	1:36.3	的場均	柄崎義信	鈴木健司
第36回	1984年12月16日	スクラムダイナ	牡2	1:35.0	柴田政人	矢野進	(有)社台レースホース
第37回	1985年12月15日	ダイシンフブキ	牡2	1:35.4	菅原泰夫	柴田寛	高橋金次
第38回	1986年12月14日	メリーナイス	牡2	1:35.6	根本康広	橋本輝雄	浦房子
第39回	1987年12月20日	サクラチヨノオー	牡2	1:35.6	小島太	境勝太郎	(株)さくらコマース
第40回	1988年12月18日	サクラホクトオー	牡2	1:35.5	小島太	境勝太郎	(株)さくらコマース
第41回	1989年12月17日	アイネスフウジン	牡2	1:34.4	中野栄治	加藤修甫	小林正明
第42回	1990年12月9日	リンドシェーバー	牡2	1:34.0	的場均	元石孝昭	(株)デルマークラブ
第43回	1991年12月8日	ミホノブルボン	牡2	1:34.5	小島貞博	戸山為夫	(有)ミホノインターナショナル
第44回	1992年12月13日	エルウェーウィン	牡2	1:35.5	南井克巳	坪憲章	雑古隆夫
第45回	1993年12月12日	ナリタブライアン	牡2	1:34.4	南井克巳	大久保正陽	山路秀則
第46回	1994年12月11日	フジキセキ	牡2	1:34.7	角田晃一	渡辺栄	齊藤四方司
第47回	1995年12月10日	バブルガムフェロー	牡2	1:34.2	岡部幸雄	藤沢和雄	(有)社台レースホース
第48回	1996年12月8日	マイネルマックス	牡2	1:36.3	佐藤哲三	中村均	(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第49回	1997年12月7日	グラスワンダー	牡2	1:33.6	的場均	尾形充弘	半沢(有)
第50回	1998年12月13日	アドマイヤコジーン	牡2	1:35.3	M.ロバーツ	橋田満	近藤利一
第51回	1999年12月12日	エイシンプレストン	牡2	1:34.7	福永祐一	北橋修二	平井豊光
第52回	2000年12月10日	メジロベイリー	牡2	1:34.5	横山典弘	武邦彦	(有)メジロ牧場
第53回	2001年12月9日	アドマイヤドン	牡2	1:33.8	藤田伸二	松田博資	近藤利一
第54回	2002年12月8日	エイシンチャンプ	牡2	1:33.5	福永祐一	瀬戸口勉	平井豊光
第55回	2003年12月14日	コスモサンビーム	牡2	1:33.7	D.バルジュー	佐々木晶三	岡田美佐子
第56回	2004年12月12日	マイネルレコルト	牡2	1:33.4	後藤浩輝	堀井雅広	(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第57回	2005年12月11日	フサイチリシャール	牡2	1:33.7	福永祐一	松田国英	関口房朗
第58回	2006年12月10日	ドリームジャーニー	牡2	1:34.4	蛯名正義	池江泰寿	(有)サンデーレーシング
第59回	2007年12月9日	ゴスホークケン	牡2	1:33.5	勝浦正樹	斎藤誠	藤田与志男
第60回	2008年12月21日	セイウンワンダー	牡2	1:35.1	岩田康誠	領家政蔵	大谷高雄
第61回	2009年12月20日	ローズキングダム	牡2	1:34.0	小牧太	橋口弘次郎	(有)サンデーレーシング
第62回	2010年12月19日	グランプリボス	牡2	1:33.9	M.デムーロ	矢作芳人	(株)グランプリ

朝日杯フューチュリティステークスの記録

レースレコード - 1:33.4(第56回優勝馬マイネルレコルト)
2着との最大着差 - 大差(約13馬身差)(第28回優勝馬マルゼンスキー)

朝日杯フューチュリィステークス 父子制覇
過去に3組の例がある。
組	父馬名	優勝回	仔馬名	優勝回
1組目	マルゼンスキー	第28回	ニシノスキー	第34回
2組目	マルゼンスキー	第28回	サクラチヨノオー	第39回
3組目	グラスワンダー	第49回	セイウンワンダー	第60回

朝日杯フューチュリティステークス 兄弟制覇
過去に2組の兄弟(姉妹)制覇の例がある。以下は母馬から見た兄弟に限る。
組	兄馬名	優勝回	弟馬名	優勝回	母馬名
1組目	キタノオー	第7回	キタノヒカリ	第8回	バウアーヌソル(サラ系)
2組目	サクラチヨノオー	第39回	サクラホクトオー	第40回	サクラセダン
キタノオーとキタノヒカリは父馬も同じ(トサミドリ)全兄妹である。

朝日杯フューチュリティステークス 脚注
^ ただし、クラシック競走において騸馬排除の根拠とされる「繁殖馬の選定」について本競走において明確に謳っているわけではない。これはNHKマイルカップ・ニュージーランドトロフィーでも同様である。
^ 最優秀2歳牡馬の参考として、2000年の勝ち馬メジロベイリーは4戦目にようやく初勝利を挙げた直後の出走であり、勝ち馬として(2009年現在の)歴代最低人気の10番人気に過ぎなかったこと、1番人気のタガノテイオーがレース中に骨折し予後不良となり、他の上位人気馬も下位に沈む中の優勝であったことから、評価は低かった。この年にはラジオたんぱ杯2歳ステークスでジャングルポケットとクロフネとの3強対決で完勝したアグネスタキオンがおり高い評価を受けていたが、記者投票147対119票の結果によりメジロベイリーが選出されている。
^ 1600mのレコードタイムは2010年5月9日の東京競馬場で施行されたNHKマイルカップ競走で優勝したダノンシャンティが記録した1:31.4。なお中山競馬場での記録は2001年9月9日の京成杯オータムハンデキャップ競走で優勝したゼンノエルシドが記録した1:31.5。
^ 中山競馬場で出走可能頭数が18頭確保できるコースは芝内回り2000m、芝外回り2200mのいずれもスタンド正面から発走するコースのみである。同じGIであるスプリンターズステークス(芝外回り1200m)、有馬記念(芝内回り2500m)も出走可能頭数は16頭である。
^ 道中もほとんどが緩やかなカーブで距離ロスなく追い越しをかけられる直線がなく、並んで走るだけであっても内側の馬に対し3馬身差の距離のロスがあると言われる。
^ JRA公式サイトの「今週の注目レース」でのデータ分析(外部リンク参照)でもはっきりと「内枠が有利、過去10年で7枠・8枠で連対したのはメイショウボーラーのみ」という旨が明記されている

阪神カップ

阪神カップ

開催地	阪神競馬場
施行日	2011年12月17日
施行時期	12月中旬
(原則5回阪神5日目)
格付け	GII
1着賞金	7000万円
賞金総額	1億3400万円
距離	芝1400m
出走条件	サラブレッド系3歳以上(国際)(特指)

負担重量	定量(3歳56kg、4歳以上57kg、牝馬2kg減)
第1回施行日	2006年12月17日

阪神カップ(はんしんカップ)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場の芝内回り1400mで施行する競馬の重賞競走(GII)。
短距離重賞競走の体系整備の一環で、マイラーとスプリンター双方の活躍の場をひろげるために新設された。
尚、アーリントンパーク競馬場(アメリカ合衆国)では阪神競馬場との交換競走として阪神カップ(Hanshin Cup、GIII・サラブレッド3歳以上・オールウェザー8ハロン)が行われているが、阪神競馬場ではアーリントンカップが対応する。

阪神カップ 概要
2006年の競馬番組改革の主な変更点の一つに短距離重賞競走の整備が定められ、その際に新設されたGII競走である。従来、12月の阪神競馬開催の第3週には阪神牝馬ステークス(GII)が行われていたが、これがヴィクトリアマイル(GI)の新設に伴う牝馬路線整備のために開催日が春へ移動し、空いた日程に「スプリンターとマイラー双方の出走による新たな魅力ある競走を提供する」[1]目的で新設された。これに伴い、同時期に中京競馬場で施行されていたCBC賞(芝1200m)はGIIIに降格かつ、6月~7月に日程が変更となり、年末の牡馬牝馬混合の短距離重賞競走が本競走に一元化された。
第2・3回はJpnII(国内限定グレード)として施行されたが、これは国際格付けに必要な開催年数に達していないためで、第4回からGII(国際グレード)に再指定された。よって第1回と第4回以後のグレードの意味合いは異なる。また、阪神電鉄とは、関係ない。
現在の優勝レイの配色は薄紫色の地に黄色文字となっている。
出走資格は、サラ系3歳以上のJRA所属の競走馬と、JRAに認定された地方所属の競走馬(2頭まで)及び外国調教馬(9頭まで)。
負担重量は定量で3歳は56kg、4歳以上は57kgで、牝馬は2kg減である。
2011年度現在の総額賞金は1着賞金7,000万円、2着賞金2,800万円、3着賞金1,800万円、4着賞金1,100万円、5着賞金700万円と定められており、GII競走の中では札幌記念と並ぶ最高金額である。

阪神カップ 歴史
2006年 - 阪神競馬場の芝内回り1400mの3歳以上の国際競走・特別指定交流競走の定量の重賞(GII)競走阪神カップとして新設(地方所属馬の出走枠は2頭、外国調教馬の出走枠は5頭まで)。
2007年 - 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIIに変更。
2009年
外国調教馬の出走枠が9頭に拡大。
重賞格付け表記をGIIに戻す。
サンカルロとプレミアムボックスが2着同着。
8位入線のエイシンタイガーが進路妨害により12着に降着。
2010年
施行日を愛知杯と交換。
キンシャサノキセキが競走馬として史上初の連覇。
堀宣行が調教師として史上初の連覇。
2012年
開催日が有馬記念より後となり、最後に行われる重賞となる。
JRA2連福対象競走に指定。
近代競馬150周年記念の副称を付けて施行。

阪神カップ 歴代優勝馬
回数	施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	2006年12月17日	 フサイチリシャール	牡3	1:20.6	福永祐一	松田国英	関口房朗
第2回	2007年12月16日	 スズカフェニックス	牡5	1:20.6	武豊	橋田満	永井啓弐
第3回	2008年12月21日	 マルカフェニックス	牡4	1:21.6	福永祐一	松永昌博	河長産業
第4回	2009年12月20日	 キンシャサノキセキ	牡6	1:20.4	M.デムーロ	堀宣行	吉田和美
第5回	2010年12月18日	 キンシャサノキセキ	牡7	1:20.3	C.スミヨン	堀宣行	吉田和美
第6回	2011年12月17日						

阪神カップ その他
2008年からジャパンカップダートが阪神競馬場へ移転し、施行期日も12月第1週に変更になったことに伴い、阪神ジュベナイルフィリーズと朝日杯フューチュリティステークスの施行期日がそれぞれ1週ずつ繰り下がった。そのため、朝日杯フューチュリティステークスと本競走が同じ日に施行されるようになったが、2010年・2011年は施行日が土曜日だったが、2012年は振替休日の月曜日に施行される予定。
2005年8月にスポーツ新聞各紙で報道された記事によると、当初は新設GI競走として予定されていた

プリンセス特別

プリンセス特別

開催地	笠松競馬場
施行日	2011年12月12日
格付け	SPI
1着賞金	200万円
賞金総額	290万円
距離	ダート1600m
出走条件	サラブレッド系2歳牝馬オープン・地方競馬全国交流
負担重量	別定重量
第1回施行日	1977年11月23日

プリンセス特別(プリンセスとくべつ)は岐阜県地方競馬組合が笠松競馬場のダート1600mで施行する競馬の重賞(SPI)競走(平地競走)。
正式名称は「スポーツニッポン杯 プリンセス特別」、スポーツニッポン新聞社が優勝杯を提供している。

プリンセス特別 概要
1977年にサラブレッド系3歳(現2歳)牝馬の東海(笠松・愛知)所属馬限定の重賞競走「スポーツニッポン杯 サラ・プリンセス特別」として創設。1996年からは東海地区重賞格付け制度施行によりSPIII(スーパープレステージスリー)に格付けされた。
2009年からは「サラ」の冠が取れ、名称を現在の「スポーツニッポン杯 プリンセス特別」に変更された。なお同様の趣旨の競走にアングロアラブ系2歳牝馬の東海所属馬限定の重賞競走「アラ・プリンセス特別」が笠松競馬場で施行されていたがこちらは1991年に創設され、1995年を以って廃止となっている。
2010年からGRANDAME-JAPAN・2歳シーズンの第4戦に指定となり、更にSPIIIからSPIに格上げされた。
施行距離は長らくダート1400mで施行されていたが、2010年からはダート1600mで施行されている。
出走条件は創設当初から2004年までは東海所属馬、2005年のみは北陸・東海・近畿所属馬、2006年からは北陸・東海・近畿・中国所属馬、2010年からは地方競馬全国交流競走となる。馬齢はいずれもサラブレッド系2歳牝馬。
負担重量は別定重量である。
2011年度の賞金総額は290万円で、1着賞金200万円、2着賞金50万円、3着賞金22万円、4着賞金12万円、5着賞金6万円と定められている。

プリンセス特別 歴史
1977年 - 笠松競馬場のダート1400mのサラブレッド系3歳(現2歳)牝馬の東海所属馬限定の重賞競走「スポーツニッポン杯 サラ・プリンセス特別」として創設。
1979年 - 施行時期を11月から12月に変更。
1992年 - 施行時期を12月から11月に戻す。
1994年 - 当時、笠松所属の安藤勝己が騎手として史上初の連覇。
1996年 - 東海地区重賞格付け制度施行によりSPIIIに格付け。
1999年 - 笠松の東川公則が騎手として史上2人目の連覇。
2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件を「サラブレッド系3歳牝馬の東海所属馬」から「サラブレッド系2歳牝馬の東海所属馬」に変更。
2003年
当時、笠松所属の安藤光彰が騎手として史上3人目の連覇。
笠松の柳江仁が調教師として史上初の連覇。
2005年 - 当年のみ、北陸・東海・近畿地区交流競走として施行され、出走条件を「サラブレッド系2歳牝馬の北陸・東海・近畿所属馬」に変更。
2006年 - この年から北陸・東海・近畿・中国地区交流競走として施行され、出走条件を「サラブレッド系2歳牝馬の北陸・東海・近畿・中国所属馬」に変更。
2008年
笠松の阪上忠匡が騎手として史上4人目の連覇。
笠松の森山英雄が調教師として史上2人目の連覇。
2009年
名称を現在の「スポーツニッポン杯 プリンセス特別」変更。
兵庫のサイバーモールが他地区の地方所属馬として史上初の優勝。
2010年
施行距離を現在のダート1600mに変更。
この年から地方競馬全国交流競走として施行され、出走条件を「サラブレッド系2歳牝馬の地方所属馬」に変更。
GRANDAME-JAPAN・2歳シーズンに指定。
SPIに格上げ。

プリンセス特別 歴代優勝馬
回数	施行日	優勝馬	性齢	所属	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1977年11月23日	エバーローランド	牝2	笠松	1:34.0	南輝幸	山中敏彦	
第2回	1978年11月22日	ハツシンジユエル	牝2	笠松	1:31.5	味坂勲	松村友二	(株)八神会
第3回	1979年12月9日	ユミコウジ	牝2	笠松	1:31.0	安藤勝己	梶原軍造	柴田光男
第4回	1980年12月7日	コマツミサキ	牝2	笠松	1:31.4	井上孝彦	荒川友司	
第5回	1981年12月13日	ミエノダンサー	牝2	笠松	1:32.4	川原正一	後藤四季治	
第6回	1982年12月12日	カイソクワン	牝2	愛知	1:31.1	原口次夫	錦見勇夫	
第7回	1983年12月18日	セイランレデイ	牝2	笠松	1:31.5	安藤勝己	高田勝良	
第8回	1984年12月9日	ヤングパンサー	牝2	笠松	1:31.2	安藤光彰	田邉睦雄	
第9回	1985年12月8日	スペクテイター	牝2	笠松	1:30.2	伊藤浩臣	小井土金一	堀野進
第10回	1986年12月14日	ホクテンヒユーマ	牝2	笠松	1:29.9	井上孝彦	荒川友司	
第11回	1987年12月6日	ハロープリンセス	牝2	笠松	1:30.7	安藤勝己	後藤保	佐橋五十雄
第12回	1988年12月14日	リユウコウエンゼル	牝2	愛知	1:32.6	原口次夫	磯村林三	池田徳七
第13回	1989年12月13日	ベンテンプツシヤー	牝2	笠松	1:30.3	伊藤強一	神部幸夫	
第14回	1990年12月12日	タツミモンブラン	牝2	笠松	1:33.9	横山誠	中山義宣	松原重太郎
第15回	1991年12月11日	アソパンサー	牝2	笠松	1:31.6	川原正一	後藤保	川崎不動産
第16回	1992年11月4日	ホクテンホウ	牝2	笠松	1:32.4	井上孝彦	高田勝良	竹内延光
第17回	1993年11月4日	オグリローマン	牝2	笠松	1:28.9	安藤勝己	鷲見昌勇	小栗孝一
第18回	1994年11月6日	ライデンリーダー	牝2	笠松	1:28.6	安藤勝己	荒川友司	水野俊一
第19回	1995年11月5日	ゴーテンジョウ	牝2	笠松	1:30.6	川原正一	山中敏彦	青山眞澄
第20回	1996年11月21日	グレイキュウ	牝2	笠松	1:32.4	村井栄治	原隆男	岡本紘一
第21回	1997年11月19日	ライデンガール	牝2	笠松	1:31.1	仙道光男	岩崎幸紀	(有)トミケン
第22回	1998年11月5日	ミホノミンクス	牝2	笠松	1:31.7	東川公則	粟津豊彦	伊藤好生
第23回	1999年11月21日	トスターバロン	牝2	笠松	1:30.8	東川公則	後藤保	今井田正純
第24回	2000年11月21日	マスターワーク	牝2	笠松	1:29.9	安藤勝己	鈴木良文	水野恵吉
第25回	2001年11月21日	アイムクイーン	牝2	笠松	1:29.3	吉田稔	伊藤勝好	永田捷子
第26回	2002年11月6日	トキノホーマ	牝2	笠松	1:29.2	安藤光彰	柳江仁	伊藤昭次
第27回	2003年11月5日	メジャーガール	牝2	笠松	1:29.7	安藤光彰	柳江仁	吉田博俊
第28回	2004年11月5日	ミツアキチーター	牝2	笠松	1:31.6	東川公則	後藤保	山本光明
第29回	2005年11月9日	ミヤビダンサー	牝2	笠松	1:29.4	土田龍也	柳江仁	加藤鈴幸
第30回	2006年11月8日	フジノビビアン	牝2	笠松	1:30.7	濱口楠彦	後藤保	榊原勝好
第31回	2007年11月6日	カキツバタフェロー	牝2	笠松	1:30.4	阪上忠匡	森山英雄	久世浅市
第32回	2008年11月13日	ニュースターガール	牝2	笠松	1:29.3	阪上忠匡	森山英雄	荒木克己
第33回	2009年11月12日	サイバーモール	牝2	兵庫	1:29.5	安部幸夫	橋本忠男	山口春夫
第34回	2010年11月25日	ミラノボヴィッチ	牝2	笠松	1:42.3	濱口楠彦	柳江仁	村田裕子
第35回	2011年12月12日	タッチデュール	牝2	笠松	1:43.0	大原浩司	山中輝久	(有)ホースケア

ジョワドヴィーヴル、阪神JFを母仔&姉妹制覇!!

2011年12月11日、阪神競馬場で行われた第63回阪神ジュベナイルフィリーズ(2歳牝、GI・芝1600m)は、福永祐一騎手騎乗の4番人気ジョワドヴィーヴルが優勝しましたね。
ジョワドヴィーヴルは、今年のジャパンCなどGI・6勝のブエナビスタ(父スペシャルウィーク)が半姉で、
名牝ビワハイジを母にもつ超良血馬ですね。
母仔&姉妹制覇です。

なかなか良いレースを見せて貰いました。ジョワドヴィーヴルは、文句無しの勝ちでしたね。
馬の名前の由来は、フランス語で「生きる喜び」!まさに、喜びが爆走していましたね。
次走が待ちきれない感じです。はやく、もっと見たいと思わせてくれますね。

日本のこれからの競馬に新たな歴史の1ページを刻んだジョワドヴィーヴルに拍手を送ります。
ジョワドヴィーヴル(牝2)
父:ディープインパクト 
母:ビワハイジ(阪神3歳牝馬S-GI)
母父:Caerleon
半姉:ブエナビスタ(11年ジャパンCなどGI・6勝)
厩舎:栗東・松田博資
馬主:サンデーレーシング
生産者:ノーザンファーム

クイーン賞はクラーベセクレタが交流重賞初制覇!戸崎圭太騎手、川島正行調教師もクイーン賞初制覇ですね。

クイーン賞を勝ってクラーベセクレタが重賞9勝目ですね。

交流重賞初制覇ですかあ。おめでとう!!

第57回クイーン賞(12月7日、船橋10R、交流GIII、3歳上、牝馬、ダート1800メートル、1着本賞金2500万円=出走14頭)は、戸崎圭太騎手騎乗の1番人気クラーベセクレタ(牝3歳、船橋・川島正行厩舎)が中央勢を蹴散らしました。

戸崎騎手は「本当にレースセンスが抜群で、騎手の指示に従ってくれますね。スローペースだったぶん、2番手(プレシャスジェムズ)の馬も伸びましたが、こちらも直線の伸びはよかった。今後もこういうパフォーマンスをひとつひとつ続けていきたい」と喜びのコメント。

南関牝馬だとクラシックを走りきって力尽き、その後走れなくなって終わるケースが多いような気がしますけど、
クラーベセクレタは1戦毎に成長していっていますね。
今後はミラクルレジェントや、強豪の牡馬達を相手にどこまで頑張れるか、これからがさらに面白そうですね。

 クラーベセクレタは父ワイルドラッシュ、母シークレットルーム、母の父タイキシャトルという血統。
通算成績15戦10勝。重賞は10年栄冠賞、フローラルC、SI東京2歳優駿牝馬、11年SIIIユングフラウ賞、SII京浜盃、SI羽田盃、SI東京ダービー、SIロジータ記念に続く9勝目。交流重賞は初勝利。

武蔵野ステークス

武蔵野ステークス
開催地	東京競馬場
施行日	2011年11月13日
施行時期	11月上旬 - 中旬
(原則5回東京4日目)
格付け	GIII
1着賞金	3800万円
賞金総額	7200万円
距離	ダート1600m
出走条件	サラ系3歳以上(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量	グレード別定(本文に記載)
第1回施行日	1996年5月18日

武蔵野ステークス(むさしのステークス)は、日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場のダート1600mで施行する中央競馬の重賞(国際GIII・統一GIII)競走である。東京中日スポーツを発行する中日新聞東京本社が優勝杯を提供しているため、正式名称は東京中日スポーツ杯武蔵野ステークスと表記される。名称は施行場の所在地域の武蔵野に由来している。正賞は中日新聞社賞のほか、地方競馬全国協会会長賞。

武蔵野ステークス 概要
東京競馬場の5歳(現4歳)以上による準オープン競走「武蔵野ステークス」の名称で施行されたのが始まり。1996年に4歳(現3歳)以上による混合・別定の重賞競走として格上げ(GIII)された。
重賞に格上げされた当初は、帝王賞の前哨戦として位置付けされダート2100mで施行されていた。しかし2000年よりジャパンカップダートが新設されたことにより施行時期を秋に、施行距離をダート1600mに変更、JBCクラシックとともに同競走の前哨戦として行われている。なお2010年からは、エリザベス女王杯(GI)と同日開催となる。
またクロフネが芝路線からダート路線に移し、歴史的な大差勝ちを収めたのも当競走である。
出走資格は、サラ系3歳(旧4歳)以上のJRA所属の競走馬(外国産馬含む)及び、JRAに認定された地方所属の競走馬(4頭まで)及び外国調教馬(8頭まで)である。
負担重量は3歳55kg、4歳以上56kg、牝馬2kg減を基本とし、更に以下のように斤量が課せられる。ただし2歳時の成績を除く。
施行日当日から過去1年以降のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は3kg増
施行日当日から過去1年以降の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は2kg増
施行日当日から過去1年以前のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は2kg増
施行日当日から過去1年以降の牝馬限定GII競走またはGIII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は1kg増
施行日当日から過去1年以前の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は1kg増
総額賞金は7200万円。1着賞金3800万円で、以下2着賞金1500万円、3着賞金950万円、4着賞金570万円、5着賞金380万円と定められている。

武蔵野ステークス 歴史
条件競走、オープン特別時代
1986年以前 - 5歳(現4歳)以上の競走馬による混合・馬齢重量の1400万下条件競走として「武蔵野ステークス」が、東京競馬場・ダート1600mで施行。
1987年
混合競走から除外。
負担重量をハンデキャップに変更。
1988年
混合競走に再び指定。
負担重量を別定に変更。
施行距離をダート1400mに変更。
1989年
施行距離をダート1600mに戻す。
オープン特別に昇格。
1990年 - 負担重量をハンデキャップに戻す。
1995年
イブキクラッシュが史上初の連覇。
的場均が騎手として史上初の3連覇。
沖芳夫が調教師として史上初の連覇。
重賞競走時代
1996年 - 4歳(現3歳)以上の競走馬による混合・別定重賞(GIII)競走「武蔵野ステークス」として昇格、東京競馬場・ダート2100mで施行。
1997年 - 指定交流競走に指定され、地方馬は5頭まで出走可能となる。
1998年 - 当年のみ「英国祭UK98開催記念 武蔵野ステークス」として施行。
1999年
エムアイブランが2頭目の連覇。
武豊が騎手として2人目の連覇。
伊藤修司が調教師として2人目の連覇。
2000年
国際競走に指定され、外国調教馬は4頭まで出走可能となる。
地方馬の出走枠が5頭から4頭に変更される。
施行距離をダート1600mに戻す。
2001年
中日新聞東京本社より寄贈杯を受け、名称を「東京中日スポーツ杯武蔵野ステークス」に変更。
クロフネがダート1600mの日本レコード1分33秒3で優勝。
2002年
東京競馬場の改修工事により、中山競馬場・ダート1800mで施行。
外国調教馬の出走枠を8頭に拡大。
国際セリ名簿基準委員会(ICSC)より国際GIIIに指定。
2007年 - 施行日当日から過去1年以上前の重賞競走および牝馬限定重賞競走優勝馬の負担重量を軽減。
2010年 - 施行日をエリザベス女王杯と同日にし、日曜日開催となる。

武蔵野ステークス 歴代優勝馬

武蔵野ステークス 1400万下条件・オープン特別
施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
1986年4月20日	ロードレオネ	牡4	1:37.8	菅原泰夫	野平好男	(株)ロードホースクラブ
1987年5月16日	ベルベッドグローブ	牡4	1:35.5	郷原洋行	大久保房松	栗林英雄
1988年4月29日	イブキノキャニオン	牡4	1:23.1	田村正光	野平富久	(有)伊吹
1989年5月13日	レインボーアカサカ	牡5	1:35.0	岡部幸雄	高橋英夫	(有)イーデン産業
1990年5月12日	ダイナレター	牡6	1:36.6	杉浦宏昭	二本柳俊夫	(有)社台レースホース
1991年5月11日	ミスタートウジン	牡5	1:35.4	安田隆行	福島信晴	藤立啓一
1992年5月16日	ナリタハヤブサ	牡5	1:34.5	横山典弘	中尾謙太郎	山路秀則
1993年5月15日	メイショウホムラ	牡5	1:35.3	的場均	高橋成忠	松本好雄
1994年5月14日	イブキクラッシュ	牡4	1:37.0	的場均	沖芳夫	(有)伊吹
1995年5月13日	イブキクラッシュ	牡5	1:35.6	的場均	沖芳夫	(有)伊吹

武蔵野ステークス 重賞格付け以後
回数	施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1996年5月18日	キソジゴールド	牡7	2:11.6	安田康彦	安田伊佐夫	皆吉康子
第2回	1997年5月17日	デュークグランプリ	牡6	2:10.5	岡部幸雄	小西一男	石原春夫
第3回	1998年5月23日	エムアイブラン	牡6	2:11.8	武豊	伊藤修司	稲見豊
第4回	1999年5月22日	エムアイブラン	牡7	2:09.6	武豊	伊藤修司	谷口貞保
第5回	2000年10月28日	サンフォードシチー	牡5	1:35.4	村山明	大沢真	(株)友駿ホースクラブ 
第6回	2001年10月27日	クロフネ	牡3	1:33.3	武豊	松田国英	金子真人
第7回	2002年10月26日	ダブルハピネス	牡5	1:52.2	河内洋	柴田政見	伊藤武三郎
第8回	2003年11月1日	サイレントディール	牡3	1:36.2	O.ペリエ	池江泰郎	金子真人
第9回	2004年10月30日	ピットファイター	牡5	1:35.4	柴田善臣	加藤征弘	臼田浩義
第10回	2005年10月29日	サンライズバッカス	牡3	1:35.2	佐藤哲三	音無秀孝	松岡隆雄
第11回	2006年10月28日	シーキングザベスト	牡5	1:35.3	勝浦正樹	森秀行	吉田和子
第12回	2007年10月27日	エイシンロンバード	牡5	1:35.5	吉田豊	小崎憲	平井豊光
第13回	2008年11月8日	キクノサリーレ	牡3	1:36.0	後藤浩輝	吉田直弘	菊池五郎
第14回	2009年11月7日	ワンダーアキュート	牡3	1:35.5	安藤勝己	佐藤正雄	山本信行
第15回	2010年11月14日	グロリアスノア	牡4	1:36.6	戸崎圭太	矢作芳人	高野葉子
※2002年以降は国際重賞(国際GIII)競走により国旗を表記。

武蔵野ステークスからのジャパンカップダート優勝馬
2000年から同年に新設されたジャパンカップダートの前哨戦として施行されるようになったが、2頭(内1頭が2回制覇)が同年のジャパンカップダートを制覇している。
回数	馬名	性齢	着順
第6回	クロフネ	牡3	1着
第10回	カネヒキリ	牡3	2着
第13回	カネヒキリ	牡6	9着

京都ジャンプステークス

京都ジャンプステークス

第11回京都ジャンプステークス
開催地	京都競馬場
施行日	2011年11月12日
施行時期	11月上旬 - 中旬
(原則5回京都3日目)
格付け	J・GIII
1着賞金	3000万円
賞金総額	5700万円
距離	障害芝3170m
出走条件	サラブレッド系3歳以上(混合)
出走資格も参照
負担重量	グレード別定(本文に記載)
第1回施行日	1999年5月16日

京都ジャンプステークス(きょうとジャンプステークス)は、京都競馬場の障害・芝3170mで施行する中央競馬の障害の重賞(J・GIII)競走である。

京都ジャンプステークス 概要
1953年に障害の重賞競走として創設され、年2回施行されていた京都大障害の春の競走を前身とし、1998年の第90回競走を最後に廃止された京都大障害(春)を機能的に引き継ぐ形で、1999年に障害競走にグレード制が施行されたと同時に新設された。
なお、京都大障害(秋)は同年に新設された京都ハイジャンプ(2009年より5月に施行)に引き継がれている。
2008年までは6月に施行される東京ハイジャンプへ向けての前哨戦の位置付けとされており、2005年の優勝馬エリモカントリー、同じく2006年のスプリングゲントが同競走で優勝を果たしている。2009年からは開催時期を5月中旬から11月中旬に変更された。
京都ハイジャンプとともに重賞競走用の「大障害コース」を通過するコースで施行され、高低差0.8m、長さ15.9mのバンケット(飛び上がり飛び下り台、愛称は「ビッグスワン」)が設けられ、コースの難易度が他の競馬場よりも比較的高く、第4回・第8回競走以外は出走馬が落馬をしている。オープン連勝した馬がそのまま優勝するなど、近走好調の馬がその勢いで活躍することが多い。
現在の優勝レイの配色は、紫色の地に金色の文字となっている。
出走条件は、2008年まではサラ系4歳(旧5歳)以上、2009年からは3歳以上のJRA所属の競走馬(外国産馬を含む)。
負担重量は、2008年まではハンデキャップで施行されたが、有力馬の出走を促すため、2009年からは別定重量に変更された。 3歳58kg、4歳以上60kg、牝馬2kg減を基本とし、更にJ・GI競走1着馬は3kg増、J・GII競走1着馬は2kg増が課せられる。
2011年現在の総額賞金は5,700万円で、1着賞金3,000万円、2着賞金1,200万円、3着賞金750万円、4着賞金450万円、5着賞金300万円と定められている。

京都ジャンプステークス 歴史
1999年
京都競馬場の障害・芝3170mの5歳(現4歳)以上のハンデキャップの混合の重賞(J・GIII)競走、京都ジャンプステークスとして創設。
出走馬13頭の内2頭が落馬、1頭が競走中止、そのうちファイブポインターとカブトフドオは、2周目7号障害で先頭を争って競りながら飛越するが揃って失敗、ファイブポインターは転倒し、カブトフドオも騎手が落馬した。ちなみに、両馬はそれぞれ1,2番人気と人気を分け合っていた。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「5歳以上」から「4歳以上」に変更。
2009年
開催時期を5月から11月に変更。それに伴い、出走条件も「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
負担重量を「ハンデキャップ」から「別定重量」に変更。

京都ジャンプステークス 歴代優勝馬
回数	施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1999年5月16日	トキオワイルド	牡5	3:33.3	熊沢重文	山本正司	坂田時雄
第2回	2000年5月13日	メイショウワカシオ	牡6	3:34.0	嘉堂信雄	池添兼雄	松本好雄
第3回	2001年5月12日	ユーセンシュタイン	牡5	3:31.5	出津孝一	岩元市三	(有)アサヒクラブ
第4回	2002年5月11日	ホッコーアンバー	牡7	3:33.4	熊沢重文	浜田光正	矢部幸一
第5回	2003年5月17日	ウインマーベラス	牡6	3:36.0	白浜雄造	森秀行	(株)ウイン
第6回	2004年5月15日	クールジョイ	牡6	3:31.8	金折知則	松元茂樹	菱田健
第7回	2005年5月14日	エリモカントリー	牡5	3:30.6	嘉堂信雄	高橋隆	山本敏晴
第8回	2006年5月13日	スプリングゲント	牡6	3:38.2	小坂忠士	野村彰彦	加藤春夫
第9回	2007年5月12日	キングジョイ	牡5	3:31.0	白浜雄造	増本豊	松岡隆雄
第10回	2008年5月17日	テイエムトッパズレ	牡5	3:33.3	佐久間寛志	鹿戸明	竹園正繼
第11回	2009年11月14日	エーシンディーエス	牡4	3:31.8	横山義行	坂口正則	(株)栄進堂
第12回	2010年11月13日	ランヘランバ	牡7	3:31.7	五十嵐雄祐	藤沢則雄	田中充
第13回	2011年11月12日

京王杯2歳ステークス

京王杯2歳ステークス

開催地	東京競馬場
施行日	2011年11月12日
施行時期	11月中旬
(原則5回東京3日目)
格付け	GII
1着賞金	3800万円
賞金総額	7200万円
距離	芝1400m
出走条件	サラブレッド系2歳(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量	馬齢(55kg、牝馬1kg減)
第1回施行日	1965年10月17日

京王杯2歳ステークスは、東京競馬場の芝1400mで行われる2歳馬限定の競馬の重賞(GII)競走。
正賞は京王電鉄株式会社賞。京王杯スプリングカップ同様に優勝杯を提供する京王電鉄から冠名が取られている。
京王電鉄は東京競馬場の最寄の駅である府中競馬正門前駅に乗り入れをしている鉄道会社。

京王杯2歳ステークス 概要 

1965年に京成杯3歳ステークスとして創設。当初は中山競馬場の芝1200mで施行されていたが(1968年・1975年は東京競馬場の芝1400mで施行)、1980年からは施行場が東京競馬場に移るとともに現行距離となり定着している。
1984年のグレード制施行によりGIIに格付けされた。
1998年に京王杯3歳ステークスに改称されたが、これは当競走の施行場が変更された1980年以降、京成電鉄の沿線にある中山競馬場で京王杯オータムハンデキャップ、京王帝都電鉄(1998年に社名を京王電鉄に変更)の沿線にある東京競馬場で京成杯3歳ステークスが施行されるというねじれ現象が続いていたことから、京王・京成両者の合意を得て寄贈賞を入れ替える形で行なわれたものであった。そして2001年からは馬齢表記変更に伴い、現競走名となっている。2002年は東京競馬場改修工事の影響で、かつての施行条件である中山競馬場の芝1200mで施行された。
阪神ジュベナイルフィリーズと朝日杯フューチュリティステークスの両GI競走の前哨戦に位置付けられており、旧3歳GIの位置付けが明確に分かれた1991年以降では、1996年優勝のマイネルマックス、1997年優勝のグラスワンダー、2003年優勝のコスモサンビーム、2010年優勝のグランプリボスの4頭が次走で2歳(旧3歳)GI競走を制しており、また同じく優勝馬のウメノファイバー・ブルーコンコルドものちにGI競走を優勝している。優勝馬以外からは2010年の10着馬オルフェーヴルが史上7頭目の三冠馬となっている。
出走資格は、サラブレッド系2歳のJRA所属馬(外国産馬含む、未出走馬及び未勝利馬は除く)、地方競馬所属馬(4頭まで)、及び外国調教馬(9頭まで)。
負担重量は馬齢で、牡馬・セン馬は55kg、牝馬は54kgである。
2011年度現在の総額賞金は7200万円で、1着賞金:3800万円、2着賞金:1500万円、3着賞金:950万円、4着賞金:570万円、5着賞金:380万円と定められている。

京王杯2歳ステークス 歴史 

1965年 - 3歳(現2歳)の競走馬による重賞競走として京成杯3歳ステークスが創設され、中山競馬場・芝1200mで施行された。
1968年 - 東京競馬場のスタンド増設工事に伴う振替開催により、東京競馬場・芝1400mで施行。
1975年 - 京葉労働組合の労働協議の影響による開催中止の振替開催により、東京競馬場・芝1400mで施行。
1980年 - 施行場を東京競馬場・芝1400mに変更。
1984年 - グレード制施行によりGIIに格付け。
1989年 - 混合競走に指定。
1990年 - 境勝太郎が調教師として史上初の連覇。
1995年
指定交流競走に指定され、地方所属馬は4頭まで出走可能になる(阪神ジュベナイルフィリーズ出走候補馬及び朝日杯フューチュリティステークス出走候補馬がそれぞれ2頭)。
加藤和宏が騎手として史上初の連覇。
1998年 - 京王電鉄と寄贈杯提供競走(京王杯オータムハンデキャップ)を入れ替え、京王杯3歳ステークスに名称変更。
1999年 - 蛯名正義が騎手として2人目の連覇。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件を「3歳」から「2歳」に変更。
競走名を京王杯2歳ステークスに変更。
2002年 - 東京競馬場の改修工事による振替開催により、中山競馬場・芝1200mで施行。
2007年 - 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告に伴い、重賞格付け表記をJpnIIに変更。
2010年 - 国際競走に指定され、外国馬は9頭まで出走可能になる。そのため、重賞格付け表記をGIIに戻す。

京王杯2歳ステークス 歴代優勝馬

国際競走となった2010年以降は優勝馬の国旗を表記する。
回数	施行日	優勝馬	勝時計	性齢	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1965年10月17日	ハイアデス	1分12秒0	牡2	加賀武見	小西喜蔵	椎野浅五郎
第2回	1966年11月20日	メジロフレーム	1分11秒0	牡2	矢野一博	八木沢勝美	北野豊吉
第3回	1967年10月29日	ヤマトダケ	1分13秒2	牝2	嶋田功	稲葉幸夫	北條三郎
第4回	1968年10月20日	ショウゲッコウ	1分26秒0	牝2	佐藤征助	田中朋次郎	村松健一
第5回	1969年11月2日	アローエクスプレス	1分10秒7	牡2	加賀武見	高松三太	伊達秀和
第6回	1970年10月10日	スズランパス	1分10秒5	牝2	郷原洋行	西塚十勝	鈴木武二
第7回	1971年10月10日	トクザクラ	1分13秒2	牝2	田村正光	梶与四松	(有)徳間牧場
第8回	1972年10月15日	マミーブルー	1分10秒9	牝2	藤本勝彦	藤本冨良	竹内専一
第9回	1973年10月7日	カーネルシンボリ	1分13秒0	牡2	西野桂	野平省三	和田共弘
第10回	1974年10月20日	テスコガビー	1分10秒2	牝2	菅原泰夫	仲住芳雄	長島忠雄
第11回	1975年10月19日	フェアスポート	1分25秒2	牡2	嶋田潤	藤本冨良	(有)ターフ・スポート
第12回	1976年10月24日	セーヌスポート	1分12秒9	牝2	嶋田功	稲葉幸夫	(有)ターフ・スポート
第13回	1977年10月23日	タケデン	1分10秒0	牡2	岡部幸雄	鴨田次男	武市伝一
第14回	1978年10月22日	ジェットバージ	1分10秒4	牡2	郷原洋行	稗田善彦	上総興業(有)
第15回	1979年10月21日	シャダイダンサー	1分10秒1	牝2	竹原啓二	松山吉三郎	吉田善哉
第16回	1980年10月19日	タケノダイヤ	1分24秒8	牝2	中島啓之	仲住芳雄	大沢良丈
第17回	1981年11月1日	イーストボーイ	1分22秒4	牡2	根本康広	橋本輝雄	加藤久枝
第18回	1982年11月7日	ドウカンヤシマ	1分26秒3	牡2	郷原洋行	田中朋次郎	新井操
第19回	1983年11月6日	ハーディービジョン	1分25秒6	牡2	的場均	柄崎義信	鈴木健司
第20回	1984年11月4日	ダイナシュート	1分23秒6	牝2	柴田政人	矢野進	(有)社台レースホース
第21回	1985年11月3日	ダイシンフブキ	1分23秒2	牡2	菅原泰夫	柴田寛	高橋金次
第22回	1986年11月2日	ホクトヘリオス	1分23秒3	牡2	南田美知雄	中野隆良	森滋
第23回	1987年11月15日	シノクロス	1分23秒9	牝2	嶋田功	西塚十勝	福井裕
第24回	1988年11月13日	ドクタースパート	1分24秒0	牡2	的場均	柄崎孝	松岡悟
第25回	1989年11月12日	サクラサエズリ	1分22秒9	牝2	木藤隆行	境勝太郎	(株)さくらコマース
第26回	1990年11月11日	ビッグファイト	1分23秒4	牡2	小島太	境勝太郎	戸澤澄
第27回	1991年11月10日	ヤマニンミラクル	1分22秒6	牡2	田島良保	浅見国一	土井薫
第28回	1992年11月15日	マイネルキャッスル	1分23秒0	牡2	柴田善臣	河野通文	(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第29回	1993年11月13日	ヤマニンアビリティ	1分22秒9	牡2	横山典弘	浅見国一	土井薫
第30回	1994年11月12日	ゴーゴーナカヤマ	1分22秒0	牡2	加藤和宏	小西一男	和泉信一
第31回	1995年11月11日	アジュディケーター	1分23秒5	牝2	加藤和宏	佐藤全弘	関駿也
第32回	1996年11月9日	マイネルマックス	1分22秒9	牡2	佐藤哲三	中村均	(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第33回	1997年11月8日	グラスワンダー	1分21秒9	牡2	的場均	尾形充弘	半沢(有)
第34回	1998年11月14日	ウメノファイバー	1分22秒8	牝2	蛯名正義	相沢郁	梅崎敏則
第35回	1999年11月13日	ダイワカーソン	1分23秒4	牡2	蛯名正義	増沢末夫	大和商事(株)
第36回	2000年11月11日	テイエムサウスポー	1分22秒3	牡2	和田竜二	柴田光陽	竹園正繼
第37回	2001年11月10日	シベリアンメドウ	1分25秒8	牡2	後藤浩輝	堀井雅広	藤田与志男
第38回	2002年11月9日	ブルーコンコルド	1分09秒4	牡2	秋山真一郎	服部利之	(株)荻伏レーシング・クラブ
第39回	2003年11月15日	コスモサンビーム	1分21秒8	牡2	武豊	佐々木晶三	岡田美佐子
第40回	2004年11月13日	スキップジャック	1分22秒1	牡2	勝浦正樹	高橋裕	ディアレスト
第41回	2005年11月12日	デンシャミチ	1分23秒3	牡2	柴田善臣	田中章博	小田切有一
第42回	2006年11月11日	マイネルレーニア	1分22秒6	牡2	松岡正海	西園正都	(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第43回	2007年11月10日	アポロドルチェ	1分22秒7	牡2	後藤浩輝	堀井雅広	アポロサラブレッドクラブ
第44回	2008年11月15日	ゲットフルマークス	1分21秒6	牡2	四位洋文	岩戸孝樹	ジェイアール
第45回	2009年11月14日	エイシンアポロン	1分22秒0	牡2	池添謙一	岡田稲男	平井豊光
第46回	2010年11月13日	グランプリボス	1分21秒8	牡2	M.デムーロ	矢作芳人	(株)グランプリ
本競走からの阪神ジュベナイルフィリーズ優勝馬 [編集]
第27回から阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神3歳牝馬ステークス)の前哨戦の1競走として施行されているが1頭が同年の阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神3歳牝馬ステークス)を制覇している。
回数	馬名	性齢	着順
第29回	ヒシアマゾン	牝2	2着
京王杯2歳ステークスからの朝日杯フューチュリティステークス優勝馬
第1回から朝日杯フューチュリティステークス(朝日杯3歳ステークス)の前哨戦の1競走として施行されているが13頭が同年の朝日杯フューチュリティステークス(朝日杯3歳ステークス)を制覇している。
回数	馬名	性齢	着順
第2回	モンタサン	牡2	4着
第5回	アローエクスプレス	牡2	1着
第7回	トクザクラ	牝2	1着
第9回	ミホランザン	牡2	6着
第15回	リンドタイヨー	牡2	2着
第17回	ホクトフラッグ	牡2	2着
第19回	ハーディービジョン	牡2	1着
第21回	ダイシンフブキ	牡2	1着
第32回	マイネルマックス	牡2	1着
第33回	グラスワンダー	牡2	1着
第39回	コスモサンビーム	牡2	1着
第40回	マイネルレコルト	牡2	5着
第46回	グランプリボス	牡2	1着

エリザベス女王杯

エリザベス女王杯

開催地	京都競馬場
施行日	2011年11月13日
施行時期	11月上旬 - 中旬
(原則5回京都4日目)
格付け	GI
1着賞金	9000万円
賞金総額	1億7200万円
距離	芝・外2200m
出走条件	サラブレッド系3歳以上牝馬(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量	定量(3歳54kg、4歳以上56kg)
第1回施行日	1976年11月21日

エリザベス女王杯(エリザベスじょおうはい)とは日本中央競馬会(JRA)が京都競馬場の芝・外回り2200mで施行する中央競馬の重賞(GI)競走である。略称は「女王杯」「エリ女」など。
正賞はエリザベス女王杯、京都府知事賞、日本馬主協会連合会長賞。

エリザベス女王杯 概要

前身の「ビクトリアカップ」は牝馬の菊花賞に位置付けられるものとして1970年から行われていたが1975年にエリザベス女王が来日したことを記念し、翌1976年に新たに「エリザベス女王杯」が創設されてビクトリアカップは廃止された。
競走名の改称が行われた場合は通常施行回数は引き継がれるがエリザベス女王杯は事実上は改称ながら形式としては新設の競走とされたため、1976年のエリザベス女王杯が「第1回」となっている。
(実質は改称だが施行回数がリセットされた例はほかにはペガサスステークス→アーリントンカップがある)。
1995年の第20回までは京都競馬場の芝2400mで施行され牝馬三冠レースの最終戦であった。ただし桜花賞・優駿牝馬(オークス)とは違い英国競馬のクラシック競走に範を取った競走ではないため、クラシック競走には位置付けられていない(これは秋華賞も同様である)。
1996年、秋華賞の新設に伴い芝2400mから芝2200mに距離が短縮されると共に古馬牝馬も出走が可能になり、これまで古馬になると牡馬と戦うしかなかった牝馬最大の目標の1つとして定着、3歳牝馬三冠路線組も合わせ牝馬の一線級が一堂に会する競走となった。また1995年以降JRAの方針によりGI競走が地方馬にも開放され秋華賞・京都大賞典・府中牝馬ステークスのいずれか2着以内の地方馬には出走資格が与えられることになり、更に1999年からは外国馬も出走可能となり、2008年からはジャパン・オータムインターナショナルシリーズに指定されている。
なお2006年には春季に古馬牝馬限定のGI競走としてヴィクトリアマイルが新設されたため、春秋それぞれに古馬牝馬が出走可能な牝馬限定GI競走が存在することとなった。
出走資格はサラブレッド系3歳(旧4歳)以上牝馬のJRA所属の競走馬、JRAのGI競走、指定された海外国際G1競走、地方競馬のダート交流GI競走優勝馬(2歳限定戦を除く)、及び外国調教馬(9頭まで)。
負担重量は定量で3歳54kg、4歳以上56kgである。
2011年度現在の総額賞金は1億7200万円で1着賞金9000万円、2着賞金3600万円、3着賞金2300万円、4着賞金1400万円、5着賞金900万円と定められている。

エリザベス女王杯 外国馬の優先出走権

2009年5月の改定にて、その年のオペラ賞(フランス・ロンシャン競馬場)を優勝した外国馬には当競走への優先出走権が付与されることとなった[1]。
優先出走権使用馬
2009年 - シャラナヤ

エリザベス女王杯 褒賞金制度 

ジャパン・オータムインターナショナルシリーズとなった2008年より、指定の海外競走に優勝した競走馬がその年の当競走に出走し優勝した場合には優勝賞金に加え褒賞金を交付している。また2009年5月の改定で範囲が拡大され、3着までに入着した場合にも褒賞金が交付されることとなった[1]。
指定競走・金額は以下の通り。イギリスオークス・ディアヌ賞・アイリッシュオークスは3歳馬によるレースでそれ以外は古馬混合レースである。
開催国・競走名	格付	施行競馬場	施行距離	指定年	褒賞金
イギリスオークス	G1	エプソム	芝12f10y	2008年 -	
1着:6300万円[2]
2着:2500万円[3]
3着:1600万円[4]
フランスオークス	G1	シャンティイ	芝2100m
アイリッシュオークス	G1	カラ	芝12f
ナッソーステークス	G1	グッドウッド	芝9f192y
ヨークシャーオークス	G1	ヨーク	芝12f
ヴェルメイユ賞	G1	ロンシャン	芝2400m
オペラ賞	G1	ロンシャン	芝2000m
アイルランドプリティーポリーステークス	G1	カラ	芝10f
ビヴァリーD・ステークス	G1	アーリントンパーク	芝9.5f
フラワーボウルインビテーショナルステークス	G1	ベルモントパーク	芝10f
褒賞金獲得馬
回数	調教国・出走馬	当競走着順	指定競走結果
第35回	スノーフェアリー	1着	イギリスオークス1着、アイリッシュオークス1着

エリザベス女王杯 歴史

エリザベス女王杯 4歳(現3歳)牝馬限定競走時代 
1976年
京都競馬場の芝2400mの4歳(現3歳)牝馬限定の重賞競走「エリザベス女王杯」として創設(創設当初の負担斤量は55kg)。
牝馬二冠馬のテイタニヤが4着に敗れる。
1979年 - 京都競馬場の改修工事により阪神競馬場の芝2400mで施行。
1984年
グレード制施行によりGIに格付け。
当競走で史上最多の21頭が出走。
1986年 - メジロラモーヌが本競走を勝利し、史上初の牝馬三冠を達成。
1987年
菊花賞と開催週を交換。
牝馬二冠馬のマックスビューティが2着に敗れる。
1989年 - 岸滋彦騎乗のサンドピアリスが20頭中20番人気で勝利し、単勝払い戻し43060円を記録(グレード制施行後のGI最高単勝配当記録)。
1993年 - 牝馬二冠馬のベガが3着に敗れる。

エリザベス女王杯 4歳(現3歳)以上牝馬競走時代
1996年
秋華賞の創設により、出走資格が「4歳(現3歳)牝馬」から「4歳(現3歳)以上牝馬」に変更(5歳(現4歳)以上の負担斤量は56kgに設定)。
4歳(現3歳)の負担斤量が55kgから54kgに変更。
施行距離を現在の芝・外回り2200mに変更。
1着賞金が8900万円から1億円に増額。
2位入線のヒシアマゾンが進路妨害により7着に降着。
1999年
国際競走に指定。
メジロドーベルが史上初の連覇を達成。
2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「4歳以上牝馬」から「3歳以上牝馬」に変更。
2003年 - 外国調教馬(アナマリー、タイガーテイル)が当競走に初めて出走。
2004年 - アドマイヤグルーヴが史上2頭目の連覇を達成。
2006年
1着賞金が9000万円に減額(ヴィクトリアマイルと同額)。
1位入線のカワカミプリンセスが進路妨害により12着に降着(降着制度施行後のGIでは1991年天皇賞(秋)のメジロマックイーン以来2度目の1位入線馬の降着)。
2008年
ジャパン・オータムインターナショナルシリーズに指定。
クリストフ・ルメールが外国人騎手として史上初の優勝。
ポルトフィーノがスタート直後に落馬・競走中止し、そのままカラ馬のままで先頭でゴール。GI競走でカラ馬が先頭でゴールしたのは史上初。
2010年
イギリスのスノーフェアリーが外国調教馬として史上初の優勝[5]。
ライアン・ムーアが外国人騎手として2人目の優勝。
エリザベス女王杯 歴代優勝馬

国際競走となった1999年以降は優勝馬の国旗を表記する。馬齢は国際馬齢表記による。

エリザベス女王杯 4歳(現3歳)牝馬限定競走時代

回数	施行日	調教国・優勝馬	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1976年11月21日	ディアマンテ	2:28.5	松田幸春	稲葉幸夫	佐藤弘嘉
第2回	1977年11月20日	インターグロリア	2:28.7	福永洋一	柳田次男	松岡正雄
第3回	1978年11月19日	リードスワロー	2:29.1	武邦彦	服部正利	熊本芳雄
第4回	1979年11月18日	ミスカブラヤ	2:32.6	岡部幸雄	西塚十勝	(有)鏑矢
第5回	1980年11月16日	ハギノトップレディ	2:27.9	伊藤清章	伊藤修司	日隈広吉
第6回	1981年11月15日	アグネステスコ	2:28.1	西浦勝一	久保道雄	渡辺孝男
第7回	1982年11月21日	ビクトリアクラウン	2:29.2	嶋田功	稲葉幸夫	飯田正
第8回	1983年11月20日	ロンググレイス	2:30.1	河内洋	小林稔	中井長一
第9回	1984年11月4日	キョウワサンダー	2:28.4	樋口弘	吉岡八郎	浅川吉男
第10回	1985年11月3日	リワードウイング	2:26.8	内田国夫	鶴留明雄	宮崎忠比古
第11回	1986年11月2日	メジロラモーヌ	2:29.1	河内洋	奥平真治	(有)メジロ牧場
第12回	1987年11月15日	タレンティドガール	2:29.3	蛯沢誠治	栗田博憲	飯田政子
第13回	1988年11月13日	ミヤマポピー	2:27.2	松田幸春	松田由太郎	大宮良吾
第14回	1989年11月12日	サンドピアリス	2:28.8	岸滋彦	吉永忍	(株)ヒダカ・ブリーダーズ・ユニオン
第15回	1990年11月11日	キョウエイタップ	2:25.5	横山典弘	稗田研二	松岡正雄
第16回	1991年11月10日	リンデンリリー	2:29.6	岡潤一郎	野元昭	林田秋利
第17回	1992年11月15日	タケノベルベット	2:27.1	藤田伸二	小林稔	武岡大佶
第18回	1993年11月14日	ホクトベガ	2:24.9	加藤和宏	中野隆良	金森森商事(株)
第19回	1994年11月13日	ヒシアマゾン	2:24.3	中舘英二	中野隆良	阿部雅一郎
第20回	1995年11月12日	サクラキャンドル	2:27.2	小島太	境勝太郎	(株)さくらコマース

エリザベス女王杯 4歳(現3歳)以上牝馬競走時代 
回数	施行日	調教国・優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第21回	1996年11月10日	ダンスパートナー	牝4	2:14.3	四位洋文	白井寿昭	吉田勝己
第22回	1997年11月9日	エリモシック	牝4	2:12.5	的場均	沖芳夫	山本慎一
第23回	1998年11月15日	メジロドーベル	牝4	2:12.8	吉田豊	大久保洋吉	メジロ商事(株)
第24回	1999年11月14日	メジロドーベル	牝5	2:13.5	吉田豊	大久保洋吉	メジロ商事(株)
第25回	2000年11月12日	ファレノプシス	牝5	2:12.8	松永幹夫	浜田光正	(有)ノースヒルズマネジメント
第26回	2001年11月11日	トゥザヴィクトリー	牝5	2:11.2	武豊	池江泰郎	金子真人
第27回	2002年11月10日	ファインモーション	牝3	2:13.2	武豊	伊藤雄二	伏木田達男
第28回	2003年11月16日	アドマイヤグルーヴ	牝3	2:11.8	武豊	橋田満	近藤利一
第29回	2004年11月14日	アドマイヤグルーヴ	牝4	2:13.6	武豊	橋田満	近藤利一
第30回	2005年11月13日	スイープトウショウ	牝4	2:12.5	池添謙一	鶴留明雄	トウショウ産業(株)
第31回	2006年11月12日	フサイチパンドラ[6]	牝3	2:11.6	福永祐一	白井寿昭	関口房朗
第32回	2007年11月11日	ダイワスカーレット	牝3	2:11.9	安藤勝己	松田国英	大城敬三
第33回	2008年11月16日	リトルアマポーラ	牝3	2:12.1	C.ルメール	長浜博之	(有)社台レースホース
第34回	2009年11月15日	クィーンスプマンテ	牝5	2:13.6	田中博康	小島茂之	(株)グリーンファーム
第35回	2010年11月14日	スノーフェアリー	牝3	2:12.5	R.ムーア	E.ダンロップ	アナモイン社

エリザベス女王杯の記録
レースレコード - 2:11.2(第26回優勝馬 トゥザヴィクトリー)
2着との最大着差 - 4馬身(第35回優勝馬 スノーフェアリー)
同一馬による連覇 - 2
メジロドーベル - 第23、24回
アドマイヤグルーヴ - 第28、29回
同一騎手による連続優勝 - 4(第26~29回 武豊。同競走の最多勝利騎手でもある)
外国人騎手による優勝 - クリストフ・ルメール(第33回優勝馬 リトルアマポーラ)、ライアン・ムーア(第35回優勝馬 スノーフェアリー)

競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師) TOP