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2011年東京競馬記者クラブ賞に池江泰寿厩舎が選ばれましたね。

東京競馬記者クラブが「池江泰寿厩舎」に平成23年度東京競馬記者クラブ賞を贈るそうです。

なにしろ池江泰寿厩舎は、オルフェーヴルで牡馬3冠を達成ましたし、調教師の年間獲得賞金記録(23億8601万7000円)をつくりましたたからね。当然でしょうね。

池江泰寿調教師は、「このような名誉ある賞をいただき、うれしく思います。来年はオルフェーヴルの凱旋門賞挑戦という大きな目標もありますので、引き続き頑張っていきたいと思います」とのコメントをしています。

オルフェーヴルは強すぎるので、どんどん海外で活躍してほしいなあ。穴馬券を狙う身としては、
その方がありがたいかも、です。


東京競馬記者クラブ賞

東京競馬記者クラブ賞(とうきょうけいばきしゃくらぶしょう)とは、その年に顕著な活躍を見せた関東(美浦トレーニングセンター)の騎手、競走馬やその馬主などに対する表彰。

東京競馬記者クラブに加盟している19社が選出する。関西(栗東トレーニングセンター)には同様の賞として関西競馬記者クラブ賞がある。

東京競馬記者クラブ賞 主な受賞者・馬

年度 受賞者・馬 所属厩舎 備考
1987年 岡部幸雄 フリー
1995年 藤沢和雄 藤沢和雄
1997年 藤沢和雄 藤沢和雄
境勝太郎 境勝太郎
1998年 蛯名正義 フリー
1999年 渡邊隆 –
2000年 テイエムオペラオー 岩元市三 関西競馬記者クラブ賞も受賞
野平祐二 – 特別賞
2001年 蛯名正義 フリー
2002年 シンボリクリスエス 藤沢和雄
サンデーサイレンス – 特別賞
2003年 武豊 フリー 関西競馬記者クラブ賞も受賞
2004年 藤沢和雄 藤沢和雄
コスモバルクと関係者 田部和則
2005年 池江泰郎厩舎 池江泰郎
岡部幸雄 – 特別賞
2006年 ダイワメジャー 上原博之
2007年 国枝栄 国枝栄
2008年 三浦皇成 河野通文
2009年 内田博幸 嶋田潤
横山典弘 フリー 特別賞
2010年 アパパネ 国枝栄 関西競馬記者クラブ特別賞も受賞
蛯名正義 フリー 特別賞
2011年 池江泰寿 池江泰寿

レッドデイヴィスに武豊騎乗で、有馬記念!

ペルーサは、安藤勝己騎手で挑有馬記念。
レッドデイヴィスは武豊騎手との新コンビで有馬記念に出走が決まりました。
武豊騎手は当初騎乗予定馬がなかったんですね。
これで16年連続22度目の有馬参戦が決まりました。
果たして、JRAのG1・24年連続制覇ができるかな。

武豊騎手は、「これで1週間のテンションが途端に高くなった。レッドデイヴィスはなんといっても3冠馬(オルフェーヴル)にシンザン記念で土をつけている馬だからね。
前走は骨折明けで重賞勝ちと能力が高いので十分、狙っていける」

ますます有馬記念が面白くなりました。

中日新聞杯

中日新聞杯

開催地 小倉競馬場
施行日 2011年12月10日
施行時期 12月上旬 – 中旬
(原則3回中京1日目)
格付け GIII
1着賞金 4100万円
賞金総額 7730万円
距離 芝2000m
出走条件 サラブレッド系3歳以上(国際)(特指)
出走資格も参照
負担重量 ハンデキャップ競走
第1回施行日 1965年2月14日

中日新聞杯(ちゅうにちしんぶんはい)は、中京競馬場の芝2000mのコースで施行する競馬の重賞競走(GIII)

中日新聞杯 概要

1965年に中部日本(中日)新聞社提供の優勝杯をかけて、第1回「中日杯」として開催。翌1966年の第2回から現在の名称に改められた。

この競走は中京記念と並んで、長年、春季の中京開催(3月。ただし一部年度で開催時期は異なる。)の名物重賞として、また、父内国産馬限定の重賞として定着していた(1981年から)が、2000年から愛知杯との開催時期入れ替えで年末(12月)開催に移行し、特別指定交流競走に指定された。

2004年には、それまで中日新聞杯と同様に父内国産重賞として施行されていた愛知杯とカブトヤマ記念が、共に牝馬限定の競走(カブトヤマ記念はレースを廃止した上で福島牝馬ステークスとして再編)に変更されたことから、中央競馬で唯一の父内国産限定重賞となった。

2006年に時期を阪神競馬場で行われる阪神ジュベナイルフィリーズと同日開催となり、別定戦からハンデキャップ競走に変更となり、距離が2000mに延長され、中京競馬場の芝1800m重賞は姿を消した。2008年から時期を阪神ジュベナイルフィリーズの前日に変更、出走資格が父内国産馬限定から混合競走に変更され、中央競馬の父内国産馬限定重賞も姿を消すことになった。2009年からは国際競走となった。
2012年からは開催時期を再び3月に戻し、これとともに特別指定競走から除外され、出走資格が4歳以上に変更された。

12月開催となってからは、プロ野球・中日ドラゴンズ選手が表彰式におけるプレゼンターを務めている。
出走資格はサラ系3歳(旧4歳)以上で、施行日当日の1週前から過去1年前までの期間内に1回以上出走のJRA所属の競走馬、JRAに認定された地方所属の競走馬(2頭まで)及び外国調教馬(9頭まで)である。
負担重量はハンデキャップ。

総額賞金は7,730万円で、1着賞金4,100万円、2着賞金1,600万円、3着賞金1,000万円、4着賞金620万円、5着賞金410万円と定められている。

中日新聞杯 歴史

1965年 – 中京競馬場の砂1800mの5歳(現4歳)以上のハンデキャップの重賞競走、「中日杯」として創設。
1966年
競走名を現在の「中日新聞杯」に変更。
負担重量を別定に変更。
1967年 – 開催時期を3月に変更。
1969年 – 開催時期を1月に変更。
1970年
中京競馬場の芝コース設置により、施行コースを芝1800mに変更。
開催時期を11月に変更。それに伴い、出走条件が4歳(現3歳)以上に変更。
1971年 – 開催時期を2月に変更。それに伴い、出走条件が5歳(現4歳)以上に変更。
1978年
開催時期を1月に変更。
降雪の影響によりダート1700mで施行。
1981年
開催時期を2月に変更。
父内国産馬限定競走に指定。
1982年 – 開催時期を3月に変更。
1983年 – 開催時期を1月に変更。
1984年
グレード制施行によりGIIIに格付け。
降雪の影響によりダート1700mで施行。
1985年 – 開催時期を2月に変更。
1987年 – 開催時期を3月に変更。
1991年 – 阪神競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝1800mで施行。
1993年 – 中京競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝1800mで施行。
1994年 – 京都競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝1800mで施行。
1997年
ファンドリショウリが史上初の連覇。
宝来城多郎が騎手として史上初の連覇。
2000年
開催時期を12月に変更。それに伴い、出走条件が4歳(現3歳)以上に変更。
特別指定交流競走に指定され、JRAに認定された地方馬は2頭まで出走可能となる。
2001年 – 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
2004年
プリサイスマシーンが史上2頭目の連覇。
後藤浩輝が騎手として2人目の連覇。
萩原清が調教師として史上初の連覇。
2006年
開催時期を12月に変更。阪神競馬場で行われる阪神ジュベナイルフィリーズと同日開催に変更。
施行コースを現在の芝2000mに変更。
負担重量をハンデキャップに戻す。
2007年 – 国際セリ名簿基準委員会の勧告により、重賞格付け表記をJpnIIIに変更。
2008年
開催時期を阪神ジュベナイルフィリーズ開催の前日に変更。
父内国産馬限定競走から混合競走に変更。
ミルコ・デムーロが騎手として3人目の連覇。
2009年 – 混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬が9頭まで出走可能となる。それに伴い、重賞格付け表記をGIIIに戻す。
2010年 – 中京競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝2000mで施行。
2011年 – 中京競馬場の改修工事による振替開催により、小倉競馬場の芝2000mで施行予定。
2012年
開催時期を3月に変更予定。
出走条件を4歳以上に戻す。
特別指定競走から除外される。
土曜日開催から2006年以来となる日曜日開催に戻す。

中日新聞杯 歴代優勝馬

回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
第1回 1965年2月14日 バリモスニセイ 牡4 1:53.5 諏訪真 諏訪佐市
第2回 1966年2月13日 アオバ 牡4 1:53.6 小林常泰 森末之助
第3回 1967年3月12日 ゲンカイ 牡4 1:53.5 松永高徳 柄崎義信
第4回 1968年3月3日 トミマサ 牡4 1:54.4 野村彰彦 久保道雄
第5回 1969年1月26日 ハクセンショウ 牡5 1:52.0 稲部和久 尾形藤吉
第6回 1970年11月22日 スピーデーワンダー 牡4 1:48.9 梅田守 梅内慶蔵
第7回 1971年2月7日 シャダイセンター 牝4 1:49.6 沢峰次 松山吉三郎
第8回 1972年2月13日 ニホンピロムーテー 牡4 1:51.0 福永洋一 服部正利
第9回 1973年2月4日 キョウエイアタック 牡4 1:49.7 南井克巳 石栗龍雄
第10回 1974年2月3日 グットキラメキ 牡5 1:49.2 福永甲 内藤繁春
第11回 1975年2月2日 サンポウ 牡5 1:48.5 安田富男 加藤朝治郎
第12回 1976年2月1日 スリーヨーク 牡5 1:48.3 出口隆義 諏訪佐市
第13回 1977年2月6日 キングラナーク 牡4 1:48.6 岩元市三 布施正
第14回 1978年1月22日 リキタイコー 牡4 1:45.8 飯田明弘 服部正利
第15回 1979年1月21日 スリーファイヤー 牝5 1:49.6 岩元市三 布施正
第16回 1980年1月27日 サンライダー 牡4 1:48.9 柴田政見 柴田不二男
第17回 1981年2月15日 ウエスタンジョージ 牡5 1:47.8 加用正 北橋修二
第18回 1982年3月7日 タツユウチカラ 牡5 1:49.7 外枦保重秋 二分久男
第19回 1983年1月23日 フジマドンナ 牝7 1:49.4 竹原啓二 松山康久
第20回 1984年1月22日 アスコットエイト 牡4 1:44.0 五十嵐忠男 清水久雄
第21回 1985年2月17日 キクノペガサス 牝4 1:48.2 南井克巳 宇田明彦
第22回 1986年2月16日 ハクリョウベル 牡5 1:49.9 西橋昇 谷八郎
第23回 1987年3月8日 ウインドストース 牡4 1:48.1 加藤和宏 二本柳俊夫
第24回 1988年3月6日 トキノオリエント 牡4 1:48.0 上野清章 吉永猛
第25回 1989年3月5日 トウショウアロー 牝4 1:47.8 加用正 瀬戸口勉
第26回 1990年3月4日 ドウカンジョー 牝6 1:48.1 内田浩一 池江泰郎
第27回 1991年3月3日 ショウリテンユウ 牡7 1:48.2 西浦勝一 山内研二
第28回 1992年3月8日 フジヤマケンザン 牡4 1:47.3 小島貞博 戸山為夫
第29回 1993年3月7日 ネーハイビクトリー 牡5 1:49.4 村本善之 新川恵
第30回 1994年3月5日 ヤマニンフォックス 牡6 1:49.5 山田和広 坪正直
第31回 1995年3月4日 ゴーゴーゼット 牡4 1:47.2 武豊 新井仁
第32回 1996年3月2日 ファンドリショウリ 牡5 1:48.3 宝来城多郎 布施正
第33回 1997年3月1日 ファンドリショウリ 牡6 1:48.7 宝来城多郎 田中章博
第34回 1998年2月28日 ツルマルガイセン 牡4 1:48.2 高橋亮 橋口弘次郎
第35回 1999年3月7日 シンカイウン 牡7 1:49.6 内田浩一 二分久男
第36回 2000年12月9日 トウショウアンドレ 牡4 1:46.4 角田晃一 渡辺栄
第37回 2001年12月8日 グランパドドゥ 牝4 1:48.0 中舘英二 長浜博之
第38回 2002年12月7日 マイソールサウンド 牡3 1:47.9 本田優 西浦勝一
第39回 2003年12月13日 プリサイスマシーン 牡4 1:47.6 後藤浩輝 萩原清
第40回 2004年12月11日 プリサイスマシーン 牡5 1:46.3 後藤浩輝 萩原清
第41回 2005年12月10日 グランリーオ 牡5 1:46.4 柴山雄一 笹倉武久
第42回 2006年12月3日 トーホウアラン 牡3 1:57.8 C.ルメール 藤原英昭
第43回 2007年12月2日 サンライズマックス 牡3 1:58.5 M.デムーロ 増本豊
第44回 2008年12月13日 ヤマニンキングリー 牡3 1:59.5 M.デムーロ 河内洋
第45回 2009年12月12日 アーネストリー 牡4 1:57.4 佐藤哲三 佐々木晶三
第46回 2010年12月11日 トゥザグローリー 牡3 1:58.7 M.デムーロ 池江泰郎

東海菊花賞

東海菊花賞

開催地	名古屋競馬場
施行日	2011年11月17日
格付け	SPI
1着賞金	350万円
距離	ダート1900m
出走条件	サラブレッド系3歳以上オープン・南関東・北陸・東海・近畿・中国・四国・九州所属
負担重量	3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬2kg減
第1回施行日	1960年10月30日

東海菊花賞(とうかいきっかしょう)とは名古屋競馬場においてダート1900mで施行する地方競馬の重賞(SPI)競走。
かつてはダートグレード競走として開催されていた。

東海菊花賞 概要
1960年創設。長らく東海地区所属馬(愛知・笠松)限定競走であった。翌1961年には東海桜花賞も創設されている。1974~1976年には中京競馬場の芝コース2000mで施行されている。
1996年に中央地方全国指定交流競走に指定され、JRAおよび他地区所属馬に門戸が開かれた。翌1997年ダート競走格付け委員会により統一GII競走に格付けされた。当時はダート2500mで施行。
2001年、愛知県競馬組合による競走見直しおよび名古屋グランプリ新設により中央・地方全国交流競走から東海地区限定に戻り2002年から東海・北陸・近畿交流競走に、2010年からは南関東・北陸・東海・近畿・中国・四国・九州地区交流競走に拡大された。

東海菊花賞 歴代優勝馬
回数	施行日	優勝馬	性齢	所属	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1960年10月30日	ケンロクチカラ	牡7		2:46.7	光岡直三郎		
第2回	1961年11月3日	ダイゴロクレンタイ	牡6		2:44.1	白井善治		
第3回	1962年11月4日	ツバクロ	牡7		2:44.1	山島昇		
第4回	1963年11月3日	ラウンドカツプ	牡5		2:38.2	白井善治		
第5回	1964年11月1日	ローヤルライト	牡4		2:39.9	大橋憲		
第6回	1965年11月28日	シヤチノオーザ	牡3		2:37.6	福田秀己		
第7回	1966年11月6日	テツリユウ	牡6		2:35.6	藤ヶ崎一男		六郎田雅喜
第8回	1967年11月5日	グレースタイバー	牡5		2:34.9	藤ヶ崎一男		
第9回	1968年11月3日	ヒリユウシンゲキ	牡7		2:36.4	伊藤光雄		
第10回	1969年11月3日	タカヒロ	牡5		2:36.7	藤ヶ崎一男		
第11回	1970年10月25日	オーナーズチエス	牡5		2:37.4	伊藤光雄		
第12回	1971年11月7日	アサホマレ	牡3		2:36.7	山本栄二		
第13回	1972年11月5日	アサホマレ	牡4		2:36.2	山田義男		
第14回	1973年11月4日	ノースアイランド	牡5	名古屋	2:35.9	瀬戸口悟	斉藤弘光	
第15回	1974年11月4日	ケンハツピー	牡5	名古屋	2:02.1	平和人	青山功	内田三郎
第16回	1975年10月3日	ケンセダン	牡4	名古屋	2:02.7	富田光吉	木村鶴男	
第17回	1976年11月7日	マサデンセイ	牡5	名古屋	2:02.3	黒宮高徳	藤ヶ崎一男	
第18回	1977年11月6日	ブレーブボーイ	牡3	名古屋	2:36.0	山田義男	大薮憲三	寺島眞鶴
第19回	1978年11月5日	ダイタクチカラ	牡4	笠松	2:35.4	山田義男	倉間昭夫	中村雅一
第20回	1979年11月4日	クリーンフアミリー	牡4	名古屋	2:34.8	中村広己	青山功	
第21回	1980年11月3日	ロイヤルーハンセー	牡4	名古屋	2:36.3	田中敏和	瀬戸口悟	
第22回	1981年11月3日	シヤアペングラス	牡4	名古屋	2:37.7	山田義男	青山隆司	
第23回	1982年11月7日	ゴールドレツト	牡3	名古屋	2:36.7	原口次夫	磯村林三	都築芳男
第24回	1983年11月6日	ヒデアトム	牡5	名古屋	2:36.5	坂口義幸	栗田和昌	
第25回	1984年11月4日	マツノセイザン	牡4	笠松	2:38.1	安藤勝己	後藤保	北島鉄雄
第26回	1985年10月4日	カウンテスアツプ	牡4	笠松	2:34.4	安藤勝己	後藤保	佐橋五十雄
第27回	1986年11月3日	グレートローマン	牡5	名古屋	2:39.0	田中敏和	野島豊	上川廣
第28回	1987年11月3日	ワカオライデン	牡6	笠松	2:36.4	井上孝彦	荒川友司	小塚美近
第29回	1988年11月3日	フエートノーザン	牡5	笠松	2:38.8	安藤勝己	吉田秋好	高橋義和
第30回	1989年11月3日	サンリナール	牡3	名古屋	2:38.8	白坂芳文	錦見勇夫	(有)大勇
第31回	1990年10月31日	マツクスフリート	牝3	笠松	2:37.1	安藤勝己	荒川友司	松田三芳
第32回	1991年10月30日	アンダープリンス	牡7	名古屋	2:40.2	田中敏和	斉藤弘光	森昭彦
第33回	1992年11月3日	イチアヤヒデ	牡7	笠松	2:38.0	松原義夫	青木和夫	前田篤久
第34回	1993年11月3日	ヒデノデュレン	牡5	名古屋	2:47.5	桜井今朝利	伊藤光雄	加藤由夫
第35回	1994年11月3日	マルブツセカイオー	牡4	名古屋	2:45.6	戸部尚実	斉藤弘光	大澤毅
第36回	1995年11月3日	マルブツセカイオー	牡5	名古屋	2:43.9	戸部尚実	斉藤弘光	大澤毅
第37回	1996年11月4日	ホウエイコスモス	牡5	JRA	2:42.0	藤田伸二	柴田不二男	佐橋五十雄
第38回	1997年11月3日	トーヨーシアトル	牡4	JRA	2:43.1	松永昌博	松永善晴	(有)トーヨークラブ
第39回	1998年11月3日	デュークグランプリ	牡7	JRA	2:43.5	武豊	小西一男	石原春夫
第40回	1999年11月3日	マチカネワラウカド	牡5	JRA	2:41.0	石橋守	高橋隆	細川益男
第41回	2000年11月3日	ファストフレンド	牝6	JRA	2:40.8	蛯名正義	高市圭二	竹﨑大晃
第42回	2001年10月8日	センゲントウショウ	牡5	名古屋	2:03.2	竹下太	山内和明	石川雅博
第43回	2002年10月30日	ブラウンシャトレー	牡5	名古屋	2:00.7	安部幸夫	国光徹	小島史代
第44回	2003年10月31日	マルカセンリョウ	牡5	名古屋	2:01.8	上松瀬竜一	瀬戸口悟	大西和子
第45回	2004年11月12日	レイナワルツ	牝4	名古屋	2:00.6	兒島真二	瀬戸口悟	林進
第46回	2005年10月7日	クインオブクイン	牝3	笠松	2:02.8	濱口楠彦	松原義夫	中部建材(株)
第47回	2006年11月16日	ウイニングウインド	牡5	名古屋	2:06.5	吉田稔	原口次夫	奥村幸男
第48回	2007年11月15日	チャンストウライ	牡4	兵庫	2:04.4	下原理	寺嶋正勝	ジェントルマンホースクラブ
第49回	2008年11月19日	ムーンバレイ	牡7	名古屋	2:07.2	吉田稔	角田輝也	後藤繁樹
第50回	2009年11月18日	ヒシウォーシイ	牡4	名古屋	2:01.8	戸部尚実	川西毅	竹内三年
第51回	2010年11月19日	ヒシウォーシイ	牡5	名古屋	2:04.6	岡部誠	川西毅	竹内三年
第52回	2011年11月17日	エイシンフレンチ	牡6	笠松	2:04.2	尾島徹	伊藤強一	平井豊光
馬齢は2000年以前も現表記で表示している。

東海菊花賞 エピソード
2002年の菊花賞で1番人気のノーリーズンに騎乗した武豊がスタート直後に落馬して競走を中止したが、そのわずか10日後に行われた本競走でも2番人気のレジェンドハンターに騎乗した安藤勝己がスタート直後に落馬して競走を中止した。同じ菊花賞の名を冠する競走でスタート直後の波乱が相次ぐという珍事となった。

ミルコ・デムーロ

ミルコ・デムーロ

2009年12月20日
阪神カップ優勝時
基本情報
国籍	 イタリア
出身地	 イタリア
生年月日	1979年1月11日(32歳)
身長	158cm
体重	52kg
血液型	A型
騎手情報
初免許年	1994年( イタリア)

ミルコ・デムーロ(Mirco Demuro、1979年1月11日 -)は、イタリア生まれの騎手。近年は短期免許制度を利用して来日しており、日本人にも馴染みの深い騎手である。香港における名前の中文表記は「杜滿萊」。
妹のパメラ・デムーロは元騎手で現在は調教師。弟のクリスチャン・デムーロもイタリアの騎手[1]であり、2011年には短期免許で来日し、船橋を拠点に地方競馬である南関東競馬で騎乗している。

ミルコ・デムーロ 来歴
1994年に騎手免許を取得し、1995年にイタリアの見習騎手リーディングに輝く。1997年から2000年までは4年連続でイタリアのリーディングジョッキーとなる。
日本には1999年に初来日。騎乗センスは非常に評判が良く日本の関係者の信頼も厚い。2001年2月3日の小倉競馬場では1日5勝を記録。これは外国人騎手としてJRA初のことである[2]。翌日の2月4日には小倉大賞典に勝ち、JRA重賞初制覇を達成した。
2003年4月10日、皐月賞をネオユニヴァースで制し日本のGI初制覇。喜びのあまりにゴール後2着のサクラプレジデント騎乗の田中勝春の頭を叩くシーンは印象的であった。続く6月1日の東京優駿(日本ダービー)でもネオユニヴァースに騎乗し外国人騎手としては初となる東京優駿制覇を達成、1番人気に応えて快勝したネオユニヴァースを祝福する大観衆を目にして「イタリアのダービー(デルビーイタリアーノ)を5回勝つよりも、日本のダービーを1度勝つ方が嬉しい」と感激の涙を流した。
二冠を達成し、三冠達成の期待がかけられたネオユニヴァースであったが、従来の日本の短期免許制度では三冠目の菊花賞にはデムーロは騎乗できない状態となってしまった。日本の短期免許では年間3ヶ月しか騎乗できず、デムーロは春だけで3ヶ月分を使い果たしてしまっていたためである。しかしこの事態を受けてJRAが新しく「同一馬で1年間にGIを2勝以上すれば、その馬が同年にGIに参戦する際に騎乗を認める」という規定を設けたため、デムーロは菊花賞に騎乗することが出来たが、惜しくも3着に敗れた。
2004年4月18日、皐月賞をダイワメジャーで勝利し、外国人騎手初の連覇を達成する。
2007年は、11月24日に京都競馬場で、外国人騎手としての最多タイとなる1日5勝を再び記録。12月2日の中日新聞杯ではサンライズマックスに騎乗して勝利したが、決勝線手前で飛行機ポーズを披露し制裁を受ける珍事を起こした。
2008年は11月29日より短期免許を取得したが、その翌日11月30日のジャパンカップではスクリーンヒーローに騎乗し見事同レース初制覇を飾る。なおこの時もゴール後のウイニングランで飛行機ポーズを披露していた。
2009年は12月28日より翌2010年1月27日までNARで短期免許を取得した。この時は船橋の川島正行厩舎に所属した。なおデムーロはこれより以前にも2度NARの短期免許を取得していた[3]。
2011年3月26日、ネオユニヴァースの子のヴィクトワールピサでドバイワールドカップを優勝。ドバイワールドカップ初騎乗初勝利を果たすと共に、日本馬にとっての同レース初勝利をもたらした。日本・イタリア以外では初のビッグタイトルと言え、デムーロ自身も「ジャパンカップもイタリアダービーも勝っているけど、これがベストレース」と語った[4]。

ミルコ・デムーロ エピソード
イタリアでテントウムシは「幸運を運んでくる虫」とされていることもあり、テントウムシを自らのラッキーアイテムにしている。同じイタリア生まれの騎手マルコ・モンテリーゾは「彼は色々なものにテントウムシのステッカーを貼っているんだ」と語っている。
上記の2003年の皐月賞で勝った時に田中勝春の頭を叩いたことについて、馬鹿にしているのではないかと言う声もあったため、その後、悪意やからかう意図はなかったと説明。田中も「ノープロブレム」と言い、2人の間にしこりはないと言う。
騎乗にあたっては事前の展開予想などを重視するタイプで、武豊は「いつのまにか日本の競馬新聞の読み方を覚えていて、(日本での騎乗時には)レース前になると競馬新聞片手に真剣に検討している」と証言している。ちなみに競馬新聞の読み方を覚えた影響で「競馬関連であれば漢字も読める」という[5]。
日本の騎手の中では特に松田大作と仲が良い。2010年10月から松田がイタリアに長期遠征する際にも住居探しなど様々な協力を行っている[6]。
サッカー好きとしても知られており、インタビューでも語ることがある。2010年末には、サッカー日本代表監督であるアルベルト・ザッケローニと友人になったと明かした。

ミルコ・デムーロ 主な勝ち鞍

ミルコ・デムーロ イタリア
イタリア共和国大統領賞(2000年Timboroa、2006年・2007年Distant Way、2009年Selmis)
オークスディターリア(2000年Timi、2009年Night Of Magic)
ジョッキークラブ大賞(1999年Sumati)
デルビーイタリアーノ(2002年Rakti、2010年Worthadd)
ミラノ大賞典(2011年Voila Ici)
ローマ賞(2009年Voila Ici)

ミルコ・デムーロ 日本
朝日杯フューチュリティステークス(2010年グランプリボス)
有馬記念(2010年ヴィクトワールピサ)
皐月賞(2003年ネオユニヴァース、2004年ダイワメジャー)
ジャパンカップ(2008年スクリーンヒーロー)
東京優駿(2003年ネオユニヴァース)

ミルコ・デムーロ その他
アスタルテ賞(2004年Marbye)
ドバイワールドカップ(2011年ヴィクトワールピサ)

ダンスインザモア

ダンスインザモア

品種	サラブレッド
性別	牡
毛色	黒鹿毛
生誕	2002年5月3日(9歳)
父	ダンスインザダーク
母	スーパーリヴリア
母の父	リヴリア
生国	 日本(北海道静内町)
生産	西川富岡牧場
馬主	木浪巖
調教師	相沢郁(美浦)
競走成績
生涯成績	43戦5勝
獲得賞金	2億3200万0000円
(2010年11月20日現在)

ダンスインザモアは日本の競走馬。主な勝ち鞍は2005年スプリングステークス、2010年福島記念。
ダンスインザモア 戦歴

ダンスインザモア 2004年
12月中山の新馬戦、蛯名正義を鞍上に4番人気で1着となりデビュー戦を勝利で飾る。
ダンスインザモア 2005年
2戦目の寒竹賞では4着に敗れるも、次走の東京での500万条件を制し、スプリングステークスに挑み5番人気に支持される。人気馬が総崩れするなか、道中は後方待機で第4コーナー入口あたりからのロングスパートで見事に差し切り、重賞初制覇を果たし皐月賞の優先出走権を得る。次走は順当に皐月賞に出走。後に史上6頭目のクラシック三冠を達成することとなるディープインパクトが断然の1番人気に押され、離れた5番人気であった。前走とは違い中団でレースを運び、一瞬の見せ場は作るものの、直線での伸びを欠き8着に敗れる。
続く日本ダービーは14着と大敗、休み明けに選んだ富士ステークスを7着に敗れる。年末の中日新聞杯(当時は父内国産馬限定戦)では、1番人気に支持されるも伏兵のグランリーオに1馬身差及ばずの2着に敗れる。
ダンスインザモア 2006年
年明けの中山金杯に出走。デビュー戦以来、鞍上を務めていた蛯名正義に代わり田中勝春が騎乗し、3番人気に支持されるも9着と敗れる。鞍上を再び蛯名正義に戻し、中山記念、ダービー卿チャレンジトロフィーに挑むもいずれも掲示板止まりの善戦で勝利は果たせなかった。続く、オープン競走のオーストラリアトロフィーでは鞍上を武豊に変え2番人気に支持されるも6着に敗れる。
次走は安田記念に目標を定め出走登録を行うも、フルゲート18頭の出走優先順位19位で惜しくも除外されてしまい出走は叶わなかった。やむなく木幡初広の騎乗でエプソムカップに挑むも16着と大敗、鞍上を再び蛯名正義に戻し、富士ステークスで9着、以後のオープン競走の2戦とも勝利できず、結局2006年は未勝利で終わる。
ダンスインザモア 2007年
年明け初戦はオープン競走のニューイヤーステークスに出走。3番人気というそこそこの評価ではあったが後方からの追い込みを決め、スプリングステークス以来の勝利を飾る。続く中山記念ではスタートで大きく出遅れ、追い込むも3着が精一杯であったが、1着馬のローエングリンとは0.2秒差まで詰めており、出遅れが無ければ勝利もあったと思わせる内容であった。そのレース内容もあり、次走のダービー卿チャレンジトロフィーは1番人気に支持されるが、ここでも大きく出遅れてしまい、人気を大きく裏切る7着に敗れてしまう。なお、このレースを最後に蛯名正義は同馬に騎乗していない。(2010年11月20日現在)
この頃から、ゲートでの悪癖が目に付くようになるが、松岡正海に乗り変わった新潟大賞典では出遅れずにいつもの後方待機での差し切りを狙うも4着に敗れる。
次走は前年、出走が叶わなかった安田記念を目標にし出走登録を行うも、ここでもまた出走優先順位19位で除外の憂き目に遭い、前年と同じくエプソムカップに出走。前走と同じく松岡正海の騎乗で挑み6着に敗れ、長期休養に入る。
ダンスインザモア 2008年
およそ1年5ヶ月の休養を経た11月、秋山真一郎の騎乗でオープン競走のカシオペアステークスに出走するも11頭立ての11着と大敗。以後、主戦騎手不在で乗り替わりが続くこととなる。キャピタルステークスでは18頭立ての16着と大敗、ディセンバーステークスは5着と何とか掲示板は確保するも勝利とは程遠く、馬券圏内に絡むことは全くなく2008年を終え再び長期休養に入る。
ダンスインザモア 2009年
およそ9ヶ月半の休養を経て、ポートアイランドステークス、アイルランドトロフィー、富士ステークスと10月だけで3戦も出走するが全て2桁着順に終わり、年末のディセンバーステークスに松岡正海の騎乗で挑み、勝ち馬とあまり差のない4着と見せ場を作るも、結局この年も馬券圏内に絡むことはなかった。
ダンスインザモア 2010年
同年は長期休養もなく年始から始動。3年前に最後の勝利を収めているニューイヤーステークスに乗り替わりが続くなか前走に次ぎ松岡正海の騎乗で挑むも5着、次走は昨年のアイルランドトロフィーで騎乗した丸田恭介の鞍上で小倉大賞典[1]に挑む。道中は大きく離された最後方でレースを進めるが直線で伸びを見せるが、ゴール直前でマイネルスターリーが外側に斜行し、ナリタクリスタルの進路が阻まれその煽りを受けて5位入線に終わる。審議の結果、2位入線のマイネルスターリーの進路妨害が認められ、3位入線のナリタクリスタルと5位入線のダンスインザモアが被害馬とみなされ、マイネルスターリーは2位入線から5着に降着となり、ダンスインザモアの最終成績は繰り上がりにより4着となった。
続く、中山記念で8着、オープン競走の谷川岳ステークスで11着と大敗を続け休養に入り10月、およそ4ヶ月ぶりのレースとなる富士ステークスでは13着に敗れる。
そして、次走はデビュー以来一度も出走していない福島競馬場にて開催される重賞の福島記念に丸田恭介の鞍上で挑むこととなった。いつものように道中は後方でレースを進め、残り400メートルの時点では最後方であったが、15頭立ての12番人気という低評価を覆し直線一気の追い込みを決め2007年のニューイヤーステークス以来、およそ3年10ヶ月ぶりの勝利を飾った[2]。重賞に限定すると2005年のスプリングステークス以来、実におよそ5年8ヶ月ぶりの勝利となり、メジロマイヤーが持っていた約4年というJRAにおける重賞最長間隔勝利記録を大きく更新した。また鞍上の丸田恭介にとってはJRA重賞初制覇となった。[3]続く中日新聞杯では後方追走のまま12着と大敗を喫した。
ダンスインザモア 2011年
アメリカジョッキークラブカップから始動したが9着、続く大阪城ステークスでは11着、ダービー卿チャレンジトロフィーでは12着、新潟大賞典では9着、五稜郭ステークスでは7着、函館記念では6着、札幌記念では9着と惨敗。アンドロメダステークスは後方から脚を伸ばして5着と掲示板を確保した。
ダンスインザモア 競走成績
年月日	競馬場	競走名	格	               頭数	枠番	馬番	オッズ  (人気)   着順	騎手	斤量	距離(馬場) タイム (上り3F)  タイム差	勝ち馬/(2着馬)
2004	12.	5	中山	新馬		12	1	1	5.2	(4人)	1着	蛯名正義	55	芝1800m(重)	1:51.2(36.3)	-0.3	(アサクサキンメダル)
2005	1.	9	中山	寒竹賞		16	5	10	9.1	(3人)	4着	蛯名正義	56	芝2000m(良)	2:01.8(35.3)	0.2	シーザリオ
2.	20	東京	500万下		16	5	10	2.2	(1人)	1着	蛯名正義	56	芝1600m(重)	1:37.6(36.0)	-0.2	(サトノケンシロウ)
3.	20	中山	スプリングS	GII	16	3	5	10.2	(5人)	1着	蛯名正義	56	芝1800m(良)	1:47.3(34.5)	-0.2	(ウインクルセイド)
4.	17	中山	皐月賞	GI	18	8	18	20.1	(5人)	8着	蛯名正義	57	芝2000m(良)	2:00.2(35.1)	1.0	ディープインパクト
5.	29	東京	東京優駿	GI	18	8	18	72.6	(11人)	14着	蛯名正義	57	芝2400m(良)	2:27.4(37.5)	4.1	ディープインパクト
10.	22	東京	富士S	GIII	16	4	8	24.0	(10人)	7着	蛯名正義	56	芝1600m(良)	1:33.3(33.5)	0.4	ウインラディウス
12.	10	中京	中日新聞杯	GIII	16	8	16	4.8	(1人)	2着	蛯名正義	56	芝1800m(良)	1:46.6(35.3)	0.2	グランリーオ
2006	1.	5	中山	中山金杯	GIII	14	5	9	5.7	(3人)	9着	田中勝春	55	芝2000m(良)	1:59.8(35.5)	0.4	ヴィータローザ
2.	26	中山	中山記念	GII	12	7	10	9.8	(5人)	5着	蛯名正義	56	芝1800m(重)	1:50.2(36.0)	1.3	バランスオブゲーム
4.	2	中山	ダービー卿CT	GIII	16	2	3	11.0	(5人)	4着	蛯名正義	56	芝1600m(良)	1:32.8(33.4)	0.4	グレイトジャーニー
4.	22	京都	オーストラリアT	OP	12	5	5	4.0	(2人)	6着	武豊	57	芝1800m(良)	1:47.2(34.3)	0.5	タガノデンジャラス
6.	11	東京	エプソムC	GIII	18	6	11	15.7	(4人)	16着	木幡初広	57	芝1800m(重)	1:52.0(38.6)	2.8	トップガンジョー
10.	21	東京	富士S	GIII	18	7	12	49.8	(12人)	9着	蛯名正義	57	芝1600m(良)	1:33.8(34.3)	1.0	キネティクス
11.	12	東京	オーロC	OP	18	2	3	12.2	(6人)	11着	蛯名正義	56	芝1400m(良)	1:22.5(34.7)	0.6	ダイワバンディット
11.	26	東京	キャピタルS	OP	14	8	13	36.7	(7人)	4着	蛯名正義	57	芝1600m(良)	1:35.3(33.7)	0.3	エアシェイディ
2007	1.	13	中山	ニューイヤーS	OP	15	5	10	5.2	(3人)	1着	蛯名正義	56	芝1600m(良)	1:33.4(34.4)	-0.3	(メテオバースト)
2.	25	中山	中山記念	GII	16	6	12	8.8	(5人)	3着	蛯名正義	57	芝1800m(良)	1:47.4(34.5)	0.2	ローエングリン
4.	1	中山	ダービー卿CT	GIII	15	7	13	2.5	(1人)	7着	蛯名正義	57	芝1600m(良)	1:33.7(35.1)	0.6	ピカレスクコート
5.	5	新潟	新潟大賞典	JpnIII	16	3	5	6.0	(2人)	4着	松岡正海	57	芝2000m(良)	1:57.8(33.5)	0.1	ブライトトゥモロー
6.	10	東京	エプソムC	GIII	18	4	7	7.5	(4人)	6着	松岡正海	56	芝1800m(稍)	1:48.4(35.0)	0.1	エイシンデピュティ
2008	11.	2	京都	カシオペアS	OP	11	8	10	21.6	(8人)	11着	秋山真一郎	56	芝1800m(良)	1:49.4(36.6)	2.0	バトルバニヤン
11.	29	東京	キャピタルS	OP	18	4	8	29.5	(10人)	16着	三浦皇成	57	芝1600m(良)	1:35.1(35.7)	2.1	タマモサポート
12.	20	中山	ディセンバーS	OP	11	4	4	12.3	(7人)	5着	木幡初広	56	芝1800m(良)	1:48.0(34.6)	0.5	トウショウシロッコ
2009	10.	4	阪神	ポートアイランドS	OP	18	1	2	230.6	(16人)	10着	藤岡康太	57	芝1600m(良)	1:34.3(34.1)	0.9	クラウンプリンセス
10.	17	東京	アイルランドT	OP	15	2	3	48.0	(9人)	10着	丸田恭介	57	芝2000m(良)	1:59.1(35.3)	0.9	マイネルスターリー
10.	24	東京	富士S	GIII	18	7	14	230.2	(18人)	13着	菊沢隆徳	57	芝1600m(良)	1:33.8(34.1)	0.5	アブソリュート
12.	19	中山	ディセンバーS	OP	9	3	3	30.8	(8人)	4着	松岡正海	57	芝1800m(良)	1:48.7(33.8)	0.2	ショウワモダン
2010	1.	16	中山	ニューイヤーS	OP	16	3	5	15.8	(5人)	5着	松岡正海	57	芝1600m(良)	1:33.5(34.9)	0.5	レッドスパーダ
2.	6	中京	小倉大賞典	GIII	16	3	5	10.3	(5人)	4着	丸田恭介	55	芝1800m(良)	1:47.7(36.1)	0.5	オースミスパーク
2.	28	中山	中山記念	GII	16	4	8	22.7	(9人)	8着	松岡正海	57	芝1800m(不)	1:53.1(38.3)	1.4	トーセンクラウン
5.	2	新潟	谷川岳S	OP	14	8	13	12.5	(6人)	11着	木幡初広	57	芝1600m(良)	1:34.3(33.8)	0.9	ラインプレアー
10.	23	東京	富士S	GIII	17	6	11	342.9	(15人)	13着	勝浦正樹	57	芝1600m(良)	1:33.6(34.3)	0.8	ダノンヨーヨー
11.	20	福島	福島記念	GIII	15	3	5	64.4	(12人)	1着	丸田恭介	55	芝2000m(良)	1:58.9(34.4)	-0.1	(ディアアレトゥーサ)
12.	11	小倉	中日新聞杯	GIII	18	3	6	38.7	(10人)	12着	丸田恭介	56	芝2000m(良)	2:00.1(34.1)	1.4	トゥザグローリー
2011	1.	23	中山	AJCC	GII	11	8	10	67.6	(8人)	9着	丸田恭介	57	芝2200m(良)	2:14.9(34.5)	0.7	トーセンジョーダン
3.	6	阪神	大阪城S	OP	15	2	2	43.8	(10人)	11着	川田将雅	56	芝1800m(良)	1:47.5(35.6)	1.8	ダンツホウテイ
4.	3	阪神	ダービー卿CT	GIII	18	7	15	122.3	(14人)	12着	吉田豊	55	芝1600m(良)	1:33.9(33.3)	0.6	ブリッツェン
5.	8	新潟	新潟大賞典	GIII	15	4	7	73.6	(15人)	9着	丸田恭介	55	芝2000m(良)	1:59.6(35.1)	1.2	セイクリッドバレー
血統表 [編集]

ダンスインザモアの血統 (サンデーサイレンス系/Nijinsky II3×4=18.75%)
父

ダンスインザダーク
1993 鹿毛	*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛	Halo	Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well	Understanding
Mountain Flower
*ダンシングキイ
Dancing Key
1983 鹿毛	Nijinsky II	Northern Dancer
Flaming Page
Key Partner	Key to the Mint
Native Partner
母

スーパーリヴリア
1990 鹿毛	*リヴリア
Rivlia
1982 鹿毛	Riverman	Never Bend
River Lady
Dahlia	Vaguely Noble
Charming Alibi
*ダンサーズカップ
Dancer's Cup
1985 鹿毛	Green Dancer	Nijinsky II
Green Valley
Loving Cup	Big Spruce
Seductive F-No.16-g

東京スポーツ杯2歳ステークス

東京スポーツ杯2歳ステークス

開催地	東京競馬場
施行日	2011年11月19日
施行時期	11月中旬 - 下旬
(原則5回東京5日目)
格付け	GIII
1着賞金	3200万円
賞金総額	6100万円
距離	芝1800m
出走条件	サラブレッド系2歳(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量	馬齢(55kg、牝馬1kg減)
第1回施行日	1996年11月17日

東京スポーツ杯2歳ステークス(とうきょうスポーツはい2さいステークス)は、日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場の芝1800mで施行する2歳馬限定の重賞(GIII)競走である。

東京スポーツ杯2歳ステークス 概要
1959年に3歳(現2歳)の競走馬によるオープン競走・東京3歳ステークスの名称で創設されたのが始まり。当初は東京競馬場・芝1400mで施行されていた。
1968年に名称を府中3歳ステークスに変更、1984年には距離を現行の芝1800mとした。
1996年に本競走は2歳重賞競走の整備により、重賞(GIII)に格上げされ、更に混合競走に指定され外国産馬が出走可能になり、また指定交流競走にもなったため、朝日杯フューチュリティステークス出走候補の地方馬が出走資格を得られるようになった。翌1997年からは東京スポーツより寄贈杯を受け東京スポーツ杯3歳ステークス、そして2001年には競走馬の年齢表示の変更により現競走名に改称された。2010年からは国際競走に指定され、外国調教馬の出走も可能になっている。
例年第5回東京競馬の時期に施行されており、同開催に設けられている京王杯2歳ステークスとともに朝日杯フューチュリティステークスへの前哨戦に位置付けられている。ただし格付・距離の面で差別化が図られており、前者が芝1400mなのに対し当競走は2歳戦としては長めの距離ということから3歳クラシック競走を見据えての出走が想定されている。
これまで出走馬からのクラシック競走の優勝馬としては、1997年の皐月賞と東京優駿(日本ダービー)に勝利したサニーブライアン(当競走は13頭中7着)、2006年の皐月賞と日本ダービーに勝利したメイショウサムソン(当競走は11頭中2着)がいる。一方重賞昇格後の歴代優勝馬であるキングヘイロー、アドマイヤコジーン、アドマイヤマックス、ナカヤマフェスタ、ローズキングダムはクラシック競走に勝利することは出来なかったが、古馬の平地GI制覇を果たしている。ただしナカヤマフェスタが宝塚記念を、ローズキングダムが繰り上がりでジャパンカップを制したのに対し、前の3頭はいずれも短距離の競走である。
また、2005年から2007年にかけて、馬主として関口房朗が3連覇を達成した。重賞格付け後としては初。それ以前も含めると1983年から1985年の和田共弘に次ぐ2人目。
出走資格はサラブレッド系2歳のJRA所属馬、朝日杯フューチュリティステークス出走候補の地方馬(2頭まで)及び外国調教馬(9頭まで)。
負担重量は馬齢重量で牡馬・セン馬が55kg、牝馬は54kgである。
2011年現在の総額賞金は6,100万円で、1着賞金:3,200万円、2着賞金:1,300万円、3着賞金:800万円、4着賞金:480万円、5着賞金:320万円と定められている。

東京スポーツ杯2歳ステークス 歴史
1959年 - 東京競馬場の芝1400mの3歳(現2歳)の混合競走・別定重量のオープン特別競走「東京3歳ステークス」として施行。
1967年 - 東京競馬場の改修工事のため開催休止。
1968年 - 競走名を府中3歳ステークスに変更。
1970年 - 施行距離を芝1600mに変更。
1977年 - 出馬投票の結果3頭立てとなったため、競走を取りやめ[1]。
1981年 - 施行距離を芝1400mに変更。
1984年 - 施行距離を芝1800mに変更。
1995年 - 特別指定競走に指定。
1996年 - 東京競馬場の芝1800mの3歳(現2歳)限定の混合競走・指定交流競走の馬齢重量の重賞(GIII)競走「府中3歳ステークス」として創設(地方馬は2頭まで出走可能)。
1997年 - 東京スポーツから寄贈杯を受けて「東京スポーツ杯3歳ステークス」に名称変更。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件を「3歳」から「2歳」に変更。
競走名を東京スポーツ杯2歳ステークスに変更。
2002年 - 東京競馬場の改修工事による振替開催により、中山競馬場の芝1800mで施行。
2003年 - 武豊が騎手として史上初の連覇。
2005年 - フサイチリシャールが2歳コースレコード1分46秒9で優勝。
2006年 - 松田国英が調教師として史上初の連覇。
2007年 - 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告に伴い、重賞格付け表記をJpnIIIに変更。
2010年 - 国際競走に指定され、外国調教馬は9頭まで出走可能となる。このため、重賞格付け表記をGIIIに戻す。

東京スポーツ杯2歳ステークス 歴代優勝馬
優勝馬の馬齢は2000年以前も現表記を用いる。

東京3歳ステークス 
施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
1959年11月29日	マツカゼオー	牡2	1:25.9	蛯名武五郎	藤本冨良	長山善武
1960年11月27日	ハクシヨウ	牡2	1:27.2	保田隆芳	尾形藤吉	西博
1961年11月26日	カネツセーキ	牡2	1:25.4	伊藤竹男	久保田金造	カネツ競走馬(株)
1962年11月23日	グレートヨルカ	牡2	1:25.6	保田隆芳	尾形藤吉	小野晃
1963年11月24日	フラミンゴ	牝2	1:26.0	吉永正人	松山吉三郎	三好貞雄
1964年11月29日	メジロマンゲツ	牝2	1:25.4	加賀武見	阿部正太郎	北野豊吉
1965年11月28日	ヒロイサミ	牡2	1:27.4	野平祐二	野平省三	勝川玉子
1966年11月3日	ヤマニンカップ	牡2	1:27.3	藤本勝彦	藤本冨良	土井宏二

府中3歳ステークス 
施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
1968年11月23日	スズサヤカ	牡2	1:25.5	増沢末夫	森末之助	小紫芳夫
1969年11月23日	スイノオーザ	牡2	1:28.5	大久保哲男	久保田金造	桑島すい
1970年11月23日	ヤシマライデン	牡2	1:38.4	伊藤正徳	尾形藤吉	小林庄平
1971年11月21日	スズボクサー	牡2	1:38.0	小林常泰	森末之助	小紫芳夫
1972年11月26日	ナスノチグサ	牝2	1:37.4	中島啓之	稲葉幸夫	那須野牧場
1973年11月25日	カネミクニ	牡2	1:37.3	加賀武見	阿部正太郎	金指利明
1974年11月23日	シャトードシンボリ	牡2	1:38.7	池上昌弘	保田隆芳	和田共弘
1975年11月22日	スピリットスワプス	牡2	1:41.0	中野栄治	荒木静雄	ローヤル(株)
1976年11月21日	マルゼンスキー	牡2	1:37.9	中野渡清一	本郷重彦	橋本善吉
1977年11月19日	競走取りやめ
1978年11月19日	シーバードパーク	牝2	1:38.1	小迫次男	本郷重彦	(株)ホースマン
1979年11月18日	リキウエーブ	牝2	1:40.3	嶋田功	山岡寿恵次	鬼嶋力也
1980年11月16日	ヘーゼルブロンド	牝2	1:36.7	横山富雄	森安弘昭	カネツ競走馬(株)
1981年10月17日	トウショウペガサス	牡2	1:23.1	中島啓之	奥平真治	トウショウ産業(株)
1982年10月23日	デアリングパワー	牡2	1:24.8	加藤和宏	二本柳俊夫	山形尚枝
1983年10月22日	コンラートシンボリ	牡2	1:26.3	岡部幸雄	田中和夫	和田共弘
1984年11月18日	シリウスシンボリ	牡2	1:50.1	加藤和宏	二本柳俊夫	和田共弘
1985年11月17日	スイートナディア	牝2	1:50.7	柴田政人	野平祐二	和田共弘
1986年11月16日	サクラロータリー	牡2	1:49.7	小島太	境征勝	(株)さくらコマース
1987年11月28日	コクサイトリプル	牡2	1:49.5	柴田政人	稗田敏男	芦部博子
1988年11月26日	サクラホクトオー	牡2	1:48.6	小島太	境勝太郎	さくらコマース
1989年11月25日	アサヒパシィオン	牝2	1:48.6	中舘英二	石毛善衛	寺内倉蔵
1990年11月18日	サクラヤマトオー	牡2	1:51.2	小島太	境勝太郎	さくらコマース
1991年11月17日	マチカネタンホイザ	牡2	1:49.5	岡部幸雄	伊藤雄二	細川益男
1992年11月22日	シュアリーウィン	牡2	1:49.1	小島貞博	戸山為夫	森岡一郎
1993年11月21日	アイネスサウザー	牡2	1:51.2	横山典弘	本郷一彦	小林正明
1994年11月20日	ホッカイルソー	牡2	1:49.6	蛯名正義	田中清隆	北海牧場
1995年11月19日	バブルガムフェロー	牡2	1:50.0	岡部幸雄	藤沢和雄	(有)社台レースホース

重賞格付け以後 
国際競走となった2010年以降は優勝馬の国旗を表記する。
回数	施行日	優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1996年11月17日	ゴッドスピード	牡2	1:49.7	石橋守	瀬戸口勉	近藤俊典
第2回	1997年11月15日	キングヘイロー	牡2	1:48.0	福永祐一	坂口正大	浅川吉男
第3回	1998年11月21日	アドマイヤコジーン	牡2	1:49.5	南井克巳	橋田満	近藤利一
第4回	1999年11月20日	ジョウテンブレーヴ	牡2	1:48.6	蛯名正義	相沢郁	田邉久男
第5回	2000年11月18日	タガノテイオー	牡2	1:48.5	藤田伸二	松田博資	八木良司
第6回	2001年11月17日	アドマイヤマックス	牡2	1:48.2	福永祐一	橋田満	近藤利一
第7回	2002年11月16日	ブルーイレヴン	牡2	1:50.2	武豊	角居勝彦	金子真人
第8回	2003年11月22日	アドマイヤビッグ	牡2	1:48.9	武豊	橋田満	近藤利一
第9回	2004年11月20日	スムースバリトン	牡2	1:48.2	蛯名正義	国枝栄	金子真人
第10回	2005年11月19日	フサイチリシャール	牡2	1:46.9	福永祐一	松田国英	関口房朗
第11回	2006年11月18日	フサイチホウオー	牡2	1:48.7	安藤勝己	松田国英	関口房朗
第12回	2007年11月17日	フサイチアソート	牡2	1:47.4	横山典弘	岩戸孝樹	関口房朗
第13回	2008年11月22日	ナカヤマフェスタ	牡2	1:47.7	蛯名正義	二ノ宮敬宇	和泉信子
第14回	2009年11月21日	ローズキングダム	牡2	1:48.2	小牧太	橋口弘次郎	(有)サンデーレーシング
第15回	2010年11月20日	サダムパテック	牡2	1:47.3	C.スミヨン	西園正都	大西定

東京スポーツ杯2歳ステークスからの朝日杯フューチュリティステークス優勝馬
オープン特別時から朝日杯フューチュリティステークス(朝日杯3歳ステークス)の前哨戦の1競走として施行されているが13頭が同年の朝日杯フューチュリティステークス(朝日杯3歳ステークス)を制覇している。
回数	馬名	性齢	着順	備考
 	マツカゼオー	牡2	1着	
 	ハクシヨウ	牡2	1着	第28回東京優駿優勝
 	カネツセーキ	牡2	1着	
 	グレートヨルカ	牡2	1着	第24回菊花賞優勝
 	マルゼンスキー	牡2	1着	
 	リンドタイヨー	牡2	2着	
 	サクラホクトオー	牡2	1着	
 	バブルガムフェロー	牡2	1着	第114回天皇賞優勝
第3回	アドマイヤコジーン	牡2	1着	第52回安田記念優勝
第10回	フサイチリシャール	牡2	1着	
第11回	ドリームジャーニー	牡2	3着	第50回宝塚記念・第54回有馬記念優勝
第12回	ゴスホークケン	牡2	4着	
第14回	ローズキングダム	牡2	1着	第30回ジャパンカップ優勝

ダノンヨーヨー

ダノンヨーヨー


英字表記	Danon Yoyo
性別	牡
毛色	栗毛
生誕	2006年4月7日(5歳)
登録日	2009年3月12日
父	ダンスインザダーク
母	フローラルグリーン
母の父	フォーティナイナー
生国	 日本(北海道安平町)
生産	ノーザンファーム
馬主	ダノックス
調教師	音無秀孝(栗東)
競走成績
生涯成績	18戦6勝
獲得賞金	1億7484万6000円

ダノンヨーヨー(Danon Yoyo)の主な勝ち鞍は富士ステークス。馬名は冠名+洋洋たる前途が開けることを願って。

ダノンヨーヨー 戦績
ダノンヨーヨー 2009年
デビューは遅く、3歳春の4月12日の阪神の未勝利戦芝1600m。直線追い込むも2着惜敗した。2戦目の4月25日の京都の未勝利戦芝1600mは1番人気に応えて初勝利。しかし2週間後の京都の500万下は4着に敗れてその後休養に入る。

ダノンヨーヨー 2010年
年明け早々の1月17日の京都芝1800mで復帰し、直線追い込むも2着。続く1月30日の京都芝1600m戦も2着。2ヶ月半間を開けた4月の阪神戦は人気に応え快勝した。続く東京の1000万下の立川特別は追い込み届かず3着だったが、6月の京都の六波羅特別は直線抜け出して3勝目となった。このあと新潟の月岡温泉特別も直線抜け出し人気に応えて4勝目。格上挑戦となった阪神のポートアイランドステークスも1番人気に応え勝利しオープン入りした。そして初重賞挑戦となった富士ステークスも勝利し4連勝で重賞初制覇を果たした。11月21日のマイルチャンピオンシップでは4連勝の実績が評価されて1番人気で出走、後方追走から直線で外から追い込んできたが、内から抜け出してきたエーシンフォワードにクビ差届かず2着となった。

ダノンヨーヨー 2011年
2月6日の東京新聞杯に1番人気で出走、最後方からレースを進めたが直線で伸び切れず7着に敗れた。続くマイラーズカップでは好位追走も逃げるシルポートをとらえきれず3着。安田記念ではアパパネに次いで2番人気で出走したがスタートで出遅れて10着と惨敗。宝塚記念では中団で進むも直線で伸び切れず7着。夏の休養明け緒戦となった毎日王冠では最後方で脚を溜めたが直線で伸びず6着。天皇賞(秋)では15着と大敗した。

ダノンヨーヨー 競走成績
年月日	競馬場	競走名	格	頭数	オッズ(人気)	着順	騎手	斤量	距離(馬場)	タイム(上り3F)	タイム差	勝ち馬/(2着馬)
2009	4.	12	阪神	未勝利		17	7.6	(4人)	2着	武豊	56	芝1600m(良)	1:37.8(33.1)	0.3	メイショウドナリオ
4.	25	京都	未勝利		18	1.8	(1人)	1着	武豊	56	芝1600m(重)	1:38.5(36.1)	-0.1	(アグネスサクラ)
5.	9	京都	500万下		11	2.1	(1人)	4着	武豊	56	芝1600m(稍)	1:36.1(34.0)	0.3	ジャングルストーン
2010	1.	17	京都	500万下		16	4.3	(2人)	2着	北村友一	56	芝1800m(良)	1:48.6(33.8)	0.0	ハッピーパレード
1.	30	京都	500万下		16	1.7	(1人)	2着	武豊	56	芝1600m(良)	1:35.6(33.8)	0.2	ガンダーラ
4.	18	阪神	500万下		18	2.0	(1人)	1着	川田将雅	57	芝1600m(良)	1:34.5(34.4)	-0.2	(ナミダガキラリ)
5.	15	東京	立川特別		13	3.1	(2人)	3着	岩田康誠	57	芝1600m(良)	1:34.1(32.7)	0.2	ソーマジック
6.	13	京都	六波羅特別		15	2.8	(1人)	1着	岩田康誠	57	芝1600m(重)	1:35.6(36.3)	0.0	(ピースピース)
8.	29	新潟	月岡温泉特別		18	3.8	(1人)	1着	松岡正海	57.5	芝1600m(良)	1:33.3(33.3)	0.0	(ワールドコンパス)
10.	3	阪神	ポートアイランドS	OP	10	3.5	(1人)	1着	北村友一	55	芝1600m(稍)	1:34.8(33.5)	-0.4	(フライングアップル)
10.	23	東京	富士S	GIII	17	5.1	(2人)	1着	北村友一	56	芝1600m(良)	1:32.8(33.5)	-0.2	(ライブコンサート)
11.	21	京都	マイルCS	GI	18	3.7	(1人)	2着	C.スミヨン	57	芝1600m(良)	1:31.8(33.6)	0.0	エーシンフォワード
2011	2.	6	東京	東京新聞杯	GIII	16	2.3	(1人)	7着	北村友一	57	芝1600m(良)	1:32.8(33.2)	0.3	スマイルジャック
4.	17	阪神	マイラーズC	GII	18	4.2	(1人)	3着	内田博幸	57	芝1600m(良)	1:32.6(33.4)	0.3	シルポート
6.	5	東京	安田記念	GI	18	5.1	(2人)	10着	C.ウィリアムズ	58	芝1600m(良)	1:32.5(34.0)	0.5	リアルインパクト
6.	26	阪神	宝塚記念	GI	16	60.5	(11人)	7着	北村友一	58	芝2200m(良)	2:11.1(35.6)	1.0	アーネストリー
10.	9	東京	毎日王冠	GII	11	9.6	(4人)	6着	北村友一	57	芝1800m(良)	1:47.0(32.8)	0.3	ダークシャドウ
10.	30	東京	天皇賞(秋)	GI	18	70.7	(11人)	15着	後藤浩輝	58	芝2000m(良)	1:58.8(36.0)	2.7	トーセンジョーダン

ダノンヨーヨー 血統表
ダノンヨーヨーの血統 サンデーサイレンス系(ヘイルトゥリーズン系)/Raise a Native 12.50% 5x4x5 Double Jay 6.25% 5x5
父

ダンスインザダーク
1993 鹿毛	*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛	Halo	Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well	Understanding
Mountain Flower
*ダンシングキイ
Dancing Key
1983 鹿毛	Nijinsky	Northern Dancer
Flaming Page
Key Partner	Key to the Mint
Native Partner
母

フローラルグリーン
1998 栗毛	*フォーティナイナー
Forty Niner
1985 栗毛	Mr. Prospector	Raise a Native
Gold Digger
File	Tom Rolfe
ConTinue
*フローラルマジック
Floral Magic
1985 黒鹿毛	Affirmed	Exclusive Native
Won't Tell You
Rare Lady	Never Bend
Double AgentF-No.18
母の半兄に菊花賞勝ちのナリタトップロードと全日本3歳優駿を制したホウシュウサルーン、皐月賞トライアルの若葉ステークスを勝ったグリーンプレゼンスがいる。母の半姉ペイパーレインの仔に有馬記念を勝ったマツリダゴッホがいる。
近親に種牡馬のナグルスキーがいる。

デュランダル

デュランダル


英字表記	Durandal
品種	サラブレッド
性別	牡
毛色	栗毛
生誕	1999年5月25日
父	サンデーサイレンス
母	サワヤカプリンセス
生国	 日本(北海道千歳市)
生産	社台ファーム
馬主	吉田照哉
調教師	坂口正大(栗東)
調教助手	福留健一
厩務員	和田裕一
競走成績
生涯成績	18戦8勝2着4回
(うち日本国外1戦0勝)
獲得賞金	5億943万200円
(うち日本国外619万8200円)

デュランダル(英: Durandal、香港表記:多旺達)とは、日本の競走馬、種牡馬である。馬群の大外から伸びてくる豪快な末脚を武器とし、世代交代の激しい短距離界において約3年にわたりトップに君臨し続けた。2003年・2004年と2年連続で中央競馬の最優秀短距離馬に選出。競走馬名の由来は、中世の叙事詩『ローランの歌』のなかで主人公の英雄ローランが使う聖剣の名デュランダル。全兄に中日スポーツ賞4歳ステークス優勝馬サイキョウサンデーがいる。父サンデーサイレンスで母の父がノーザンテーストという血統で初のGI馬である。

デュランダル 競走馬時代
母と兄姉はいずれも短距離戦を中心に活躍しており、デビュー前から短距離路線での活躍が期待されていた。2001年12月に競走馬としてデビュー。1番人気(単勝オッズ1.4倍)に応えて優勝した。その後脚部不安(骨瘤)を発症する兆候を見せたため休養がとられ、翌2002年8月に復帰(結果は2着)。その後条件戦を3連勝した。その後は重賞では力が及ばなかったものの2003年1月にオープン特別のニューイヤーステークスを優勝した。
同年3月の中山記念で9着に敗れたあと休養に入り、9月のセントウルステークスで復帰。出走馬中最速の上がりをみせ3着になった。このあと調教師の坂口正大はオープン特別のポートアイランドステークスに出走させる計画を立てていたが、セントウルステークスで騎乗した池添謙一の進言を受けてGIスプリンターズステークスへの出走を決定した。レースでは最後方からレースを進め、直線でビリーヴをハナ差(約15センチメートル)交わして優勝[1]。重賞およびGI初制覇を達成した。レース後、陣営は前年10着に敗れたマイルチャンピオンシップへの出走を決定。調教師の坂口いわく、馬の実力と1600メートルという距離への不安を抱えての出走であったが、このレースでも後方から直線で一気に他馬を差し切って優勝した。スプリンターズステークス、マイルチャンピオンシップの連勝が評価され、デュランダルは2003年のJRA賞最優秀短距離馬に選出された。
2004年、デュランダルは裂蹄を発症[2]し、ステップレースを経ることなく、GI高松宮記念に出走。初の左回りコースや休養明けという不安材料がありながらも1番人気に支持された。レースでは後方から直線で追い込むも、サニングデールにクビ差及ばず2着に敗れた。レース後陣営は安田記念出走を目指したがレース1か月前に裂蹄を発症し、出走は断念された[3]。
秋に入り、高松宮記念以来約6か月のブランクを経てスプリンターズステークスに出走。レース当日の馬場状態は追い込み馬に不利とされる重馬場となり、デュランダルは最後方から出走馬中最速の上がりを見せたものの逃げたカルストンライトオを交わすことができず、2着に敗れた。続いてマイルチャンピオンシップに出走。後方待機から出走馬中唯一3ハロン33秒台の上がりを繰り出して優勝し、同レース連覇を達成した。このあとデュランダルは香港の沙田競馬場で行われた香港マイルに招待され出走したが、レース当日に主催者が大量の水を馬場に散布する行動をとったため、デュランダルに極めて不利な馬場状態が形成され[4]、結果5着に敗れた。この年、デュランダルは短距離GIでの安定した成績が評価され、2年連続でJRA賞最優秀短距離馬に選出された。
2005年、デュランダルは馬にとって致命的な疾病の一つである蹄葉炎を発症。競走生活の続行は不可能とされたが懸命の治療の結果、10月のスプリンターズステークスで復帰。レースでは後方待機から生涯最速の上がり3ハロン32秒7の末脚を繰り出したが、サイレントウィットネスに及ばずの2着に敗れた。その後史上初の日本中央競馬会 (JRA) 主催の同一GI3連覇をかけてマイルチャンピオンシップに出走、圧倒的な1番人気に推されたが、出走馬中最速の上がりを記録したもののハットトリックの8着に敗れた。このレースを最後に競走馬を引退し、社台スタリオンステーションにて種牡馬となった。

デュランダル 競走成績
年月日	競馬場	競走名	格	頭
数	枠
番	馬
番	オッズ
(人気)	着順	騎手	斤
量	距離(馬場)	タイム
(上り3F)	タイム
差	勝ち馬/(2着馬)
2001.	12.	8	阪神	2歳新馬		12	8	13	1.4(1人)	1着	武豊	54	芝1200m(良)	1.10.2 (34.7)	-0.2	(ホクセツクィーン)
2002.	8.	10	小倉	有田特別		11	7	8	4.7(2人)	2着	福永祐一	54	芝1200m(良)	1.08.7 (34.8)	0.3	マンデームスメ
8.	25	小倉	筑紫特別		9	5	5	1.5(1人)	1着	河内洋	54	芝1200m(良)	1.08.9 (34.9)	-0.3	(ワンダージョリー)
9.	22	阪神	ムーンライトH		12	6	5	1.4(1人)	1着	武豊	55	芝1600m(良)	1.35.4 (33.6)	0.0	(ビルアンドクー)
10.	27	中山	白秋S		14	3	4	1.7(1人)	1着	武豊	55	芝1200m(良)	1.07.8 (33.3)	0.0	(キーンランドスワン)
11.	7	京都	マイルCS	GI	18	4	7	19.5(7人)	10着	四位洋文	56	芝1600m(良)	1.33.3 (34.1)	0.5	トウカイポイント
12.	14	中山	ディセンバーS	OP	10	8	7	6.7(3人)	4着	蛯名正義	55	芝1800m(良)	1.47.5 (34.8)	0.7	ローエングリン
2003.	1.	18	中山	ニューイヤーS	OP	11	1	1	2.0(1人)	1着	蛯名正義	54	芝1600m(良)	1.33.1 (34.3)	-0.1	(カオリジョバンニ)
3.	2	中山	中山記念	GII	12	8	12	12.8(5人)	9着	柴田善臣	57	芝1800m(重)	1.50.2 (37.3)	2.6	ローエングリン
9.	14	阪神	セントウルS	GIII	13	7	10	15.8(4人)	3着	池添謙一	56	芝1200m(良)	1.08.0 (33.3)	0.2	テンシノキセキ
10.	5	中山	スプリンターズS	GI	15	5	8	8.1(5人)	1着	池添謙一	57	芝1200m(良)	1.08.0 (33.1)	0.0	(ビリーヴ)
11.	23	京都	マイルCS	GI	18	6	11	8.1(5人)	1着	池添謙一	57	芝1600m(良)	1.33.3 (33.5)	-0.1	(ファインモーション)
2004.	3.	28	中京	高松宮記念	GI	18	4	8	3.6(1人)	2着	池添謙一	57	芝1200m(良)	1.07.9 (33.6)	0.0	サニングデール
10.	3	中山	スプリンターズS	GI	16	1	1	4.6(2人)	2着	池添謙一	57	芝1200m(不)	1.10.6 (35.8)	0.7	カルストンライトオ
11.	21	京都	マイルCS	GI	16	4	7	2.7(1人)	1着	池添謙一	57	芝1600m(良)	1.33.0 (33.7)	-0.3	(ダンスインザムード)
12.	11	沙田	香港マイル	GI	14		10	- (1人)	5着	池添謙一	57	芝1600m(良)	1.34.8(不明)	0.2	Firebreak
2005.	10.	2	中山	スプリンターズS	GI	16	2	4	3.8(2人)	2着	池添謙一	57	芝1200m(良)	1.07.5 (32.7)	0.2	サイレントウィットネス
11.	20	京都	マイルCS	GI	17	7	14	1.5(1人)	8着	池添謙一	57	芝1600m(良)	1.32.5 (33.2)	0.4	ハットトリック

デュランダル 種牡馬時代
2006年から社台スタリオンステーションにて供用が開始され、初年度は種付け料250万円で171頭に種付けを行った。
2007年には種付け頭数が70頭に落ち込んだが、初年度の2007年産駒の評判がよく、同年のセレクトセールに15頭上場され、13頭が落札されるという優秀な成績を挙げている。最高価格はフランスのG2・アスタルテ賞勝ち馬ミスベルベールを母に持つ牡馬(=ダノンシュナップス)で、7,000万円にて(株)ダノックスが落札している。ほかにも母ウエスタンワールドの牡馬(=ダノンボルケーノ)が6,100万円、母デローベの牡馬(=カレンパッキャオ)が5,000万円で落札された[5]。2008年には産駒のデビューを待たずふたたび種付け頭数が増加し、200頭を超える種付けをこなした。
2009年に初年度産駒が競走馬デビュー。その一頭であるジュエルオブナイルが小倉2歳ステークスに勝利し、産駒の重賞初勝利となった。
2010年の種付けシーズン終了後、ブリーダーズ・スタリオン・ステーションに移動。翌2011年から同スタリオンで供用されている[6]。同年の種付け料は受胎条件100万円、出生条件150万円。
自身は短距離〜マイル路線で活躍したが、中距離で活躍する産駒も輩出している。2011年5月にはエリンコートが芝2400メートルの優駿牝馬で産駒初のGIを制覇した。

デュランダル 年度別種牡馬成績(中央+地方)
年	出走	勝利	順位	AEI	収得賞金
頭数	回数	頭数	回数
2009年	48	144	9	11	101	0.86	1億6728万7000円
2010年	108	747	52	79	42	1.15	4億9713万6000円
2010年終了時点。

デュランダル おもな産駒
2007年産
ジュエルオブナイル(小倉2歳ステークス)
2008年産
エリンコート(優駿牝馬)

デュランダル 特徴
レーススタイル
デュランダルは非常に気性が荒く、ゲート内で落ち着きを保てずスタートがうまく切れない傾向があった。3歳時に騎乗した武豊が調教師の坂口に「この馬は後ろから行って大外を回った方が走る」と進言したこともあり、以降馬群の大外を回って追い込むレーススタイルが定着した。
蹄鉄
デュランダルは生まれつき蹄が弱く[7]、装蹄にはエクイロックスと呼ばれる樹脂で蹄を覆ってから、釘を使わずに蹄鉄を装着する技法が採用された。同様の技法を用いて装蹄がなされた競走馬にはディープインパクト、プリモディーネなどがいる。

デュランダル 血統表
デュランダルの血統 (サンデーサイレンス系(ヘイルトゥリーズン系)/(Almahmoud 4×5=9.38%、Lady Angela 5×4=9.38%))
父

* サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛	Halo
1969 黒鹿毛	Hail to Reason
1958 黒鹿毛	Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
1953 鹿毛	Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well
1975 鹿毛	Understanding
1963 栗毛	Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
1964 鹿毛	Montparnasse
Edelweiss
母

サワヤカプリンセス
1986 栗毛	* ノーザンテースト
Northen Taste
1971 栗毛	Northern Dancer	Nearctic
Natalma
Lady Victoria	Victoria Park
Lady Angela
* スコッチプリンセス
Scotch Princess
1970 栗毛	Creme Dela Creme	Olympia
Judy Rullah
Meadow Saffron	High Perch
Meadow Music F-No.11-f

デュランダル 血統背景
サンデーサイレンスにノーザンテーストを父に持つ牝馬を掛け合わせるという配合は、日本中央競馬会 (JRA) に登録された競走馬だけでも186頭いるように、数多く試みられてきたが、GIを勝つ産駒が出現せず、この配合の馬で初めてGIを勝ったのが本馬である。

デュランダル 脚注
^ なお、最後の直線で最後方の位置取りからスプリンターズステークスを優勝したのはデュランダルが初めてである。
^ デュランダルの蹄は薄く、表層部に亀裂を生じやすい構造をしていた。調教師の坂口いわく、これはデュランダルの近親馬に共通する傾向であった。
^ その脚質、距離適性から安田記念は絶好の舞台と言われていたが、結局一度も出走は叶わなかった。
^ 騎乗した池添は、同年のスプリンターズステークスのときよりも悪い馬場状態だったとしている。
^ 2007年セレクトセール結果による。金額は消費税抜き価格。
^ ディープインパクトは1000万円、社台SSの2011年種付条件が決定
^ 調教師の坂口いわく、栗毛で蹄の白い近親馬にも同様の傾向があった。

ダイワメジャー

ダイワメジャー


2005年10月9日 東京競馬場
現役期間	2004年 - 2007年
英字表記	Daiwa Major
性別	牡
毛色	栗毛
生誕	2001年4月8日
抹消日	2007年12月26日
父	サンデーサイレンス
母	スカーレットブーケ
母の父	ノーザンテースト
生国	 日本(北海道千歳市)
生産	社台ファーム
馬主	大和商事(株)
→大城敬三
調教師	上原博之(美浦)
厩務員	大場保
主戦騎手	菊沢隆徳
→ミルコ・デムーロ
→柴田善臣
→横山典弘
→安藤勝己
競走成績
生涯成績	27戦9勝(日本)
1戦0勝(海外)
獲得賞金	10億223万円(日本)
5958万900円(海外)
WTRR	T/M 121(2007年)
T/I 119(2006年)
T/L 115(2007年)
勝ち鞍	GI:皐月賞(2004年)
天皇賞(秋)(2006年)
マイルチャンピオンシップ(2006年、2007年)
安田記念(2007年)
GIIマイラーズカップ(2006年)
毎日王冠(2006年)
GIII:ダービー卿チャレンジトロフィー(2005年)

ダイワメジャー(Daiwa Mejor)は、日本の元競走馬で、現在種牡馬である。2004年の皐月賞、2006年の天皇賞(秋)、マイルチャンピオンシップ、2007年の安田記念、マイルチャンピオンシップに勝利した。

ダイワメジャー 戦歴

ダイワメジャー 2歳
デビュー戦は2003年12月28日の中山第4競走(2歳新馬・芝1600m)。1番人気に支持されるもモンスターロードにクビ差の2着だった。このとき、レース前のパドックで座ってしまうという前代未聞の出来事を起こした。そのことについて、調教師の上原は「緊張のあまりお腹が痛くなり、立っていることができなくなったから。主催者側から出走を取消すことも提案されたが、以後のことを考え出走させた。この馬はトレセン内の知らないところに連れて行かれただけで、下痢をしてしまうほど神経質な性格だ」と後日、グリーンチャンネルで述べた。

ダイワメジャー 3歳
初勝利は2004年1月17日の中山第3競走(3歳未勝利・ダート1800m)。2着のフサイチバルドルに9馬身差をつけての勝利だった。そして、平場の条件戦(ダート1800m)4着の後、スプリングステークスに1勝馬ながら出走、11番人気の低評価ではあったが3着に入り、皐月賞の優先出走権を手にした。皐月賞では1勝馬ということもあり、またも10番人気という低評価に甘んじたが、前年に同競走をネオユニヴァースで制したミルコ・デムーロが騎乗し、1番人気に推されたホッカイドウ競馬所属の地方馬コスモバルクを抑えて1着となり、初の重賞制覇がGIとなった。なお、レース前に『マイネル&コスモ軍団総帥』として知られるサラブレッドクラブ・ラフィアン代表の岡田繁幸が「(コスモバルクに)勝つとしたらこの馬」と指名していた。ダイワメジャーの皐月賞優勝は母の父にノーザンテーストを持つサンデーサイレンス産駒にとって唯一のクラシック制覇であった。続く東京優駿(日本ダービー)ではキングカメハメハの6着に敗れた。
同年秋は柴田善臣とのコンビでオールカマーから始動したが、9頭立ての9着に終わる。続く天皇賞(秋)も17頭立ての17着と、2戦続けての最下位に終わる。敗因は春先から兆候が出ており、二冠馬タニノムーティエやゴールドアリュール、ハーツクライなどが引退に追い込まれた「ノド鳴り」とも呼ばれる喘鳴症であった。天皇賞後、手術を受けるために長期休養に入る。
ダイワメジャー 4歳
翌2005年4月3日、6カ月の休養を経て出走したダービー卿チャレンジトロフィーは芝1600mを1分32秒3の好タイムで制する。その後、安田記念のステップレースとしては距離が短いとして京王杯スプリングカップには出走せず安田記念に直行したが8着に敗れた。
夏の関屋記念では鞍上に横山典弘を迎えて出走したが、サイドワインダーの前に2着。秋初戦の毎日王冠は5着。賞金が足りなかったためにこの年の天皇賞(秋)は除外される。クリストフ・ルメールが騎乗したマイルチャンピオンシップでは、先行し抜け出したところをハットトリックに強襲され、ハナ差の2着になった。

ダイワメジャー 5歳
2006年10月29日 第134回天皇賞(秋)
2006年2月26日の中山記念では、ミルコ・デムーロと日本ダービー以来となるコンビを組んだが、バランスオブゲームの前にまたも2着。しかし次走のマイラーズカップでは、安藤勝己との初コンビで約1年ぶりの勝利を飾った。そして次の安田記念では左回りの競馬場が苦手といわれていたが4着と健闘した。続いての宝塚記念では騎乗予定だった安藤勝己が騎乗停止処分を受け、四位洋文に乗り替わりになる上に、4枠4番の4番人気で4着と4づくしを演じた。
秋は毎日王冠から始動。GI優勝馬が6頭という強豪ぞろいのなか接戦の末、勝利を収める。続く天皇賞(秋)は4番人気だったがスウィフトカレントに1/2馬身差をつけて勝利し、2度目のGI制覇となった。2年半ぶりのGI制覇は、歴代で3番目に長い間隔であり、皐月賞優勝後、5歳時に天皇賞(秋)に優勝したのは1988年、1990年のヤエノムテキと共通している(ただし、ヤエノムテキの優勝した皐月賞は東京競馬場での代替開催であった)。さらに、続けて挑んだマイルチャンピオンシップでもダンスインザムードらを相手に1番人気で勝利、重賞3連勝を飾った。なお、同一年の天皇賞(秋)とマイルチャンピオンシップの勝利は、ニッポーテイオーが1987年に達成して以来19年振りであった。次のレースは有馬記念。それまで唯一出走した長距離戦の日本ダービーでは着外に敗れていることから2500mという長距離レースは不適と思われていたが、近走のレース振りや、過去オグリキャップなどのマイル・中距離馬の好走例があることなどから陣営が出走を決め、ディープインパクトの3着と好走した。翌25日には秋の好走を評価され、東京競馬記者クラブから2006年度東京競馬記者クラブ賞に選出され、同年のJRA賞最優秀短距離馬に選ばれた。

ダイワメジャー 6歳
2007年は初の海外遠征で始動。ドバイデューティーフリーに出走し、いつものように先行策をとった。直線で早めに先頭に立つが、終始外を回らされたのが響いたのか、後方から追い込んできたアドマイヤムーンなどに交わされ3着に敗れた。日本に戻り、次の安田記念はスズカフェニックスに続く2番人気に支持される。レースでは先頭集団を見るような形で終始内側を走り、最後の直線で徐々に順位を上げてゆき、ゴール手前で逃げていたコンゴウリキシオーをクビ差で差し切り、安田記念3度目の挑戦にして悲願の初制覇を成し遂げた。前残りが多かったこの日の馬場を考え、丁寧にラチ沿いを走らせてロスを防いだ上、鞭を一発も入れずに腕の扱きだけで追った安藤の好騎乗も光った。また、この勝利でサンデーサイレンス産駒の安田記念初制覇も成し遂げた。また、皐月賞馬が6歳時にGIに優勝したのも初めてのことであるなど、記録ずくしの勝利であった。続いて第48回宝塚記念に出走。史上初の安田記念→宝塚記念制覇が期待され5番人気に支持されたが、馬体重が516kgと16kg減ったのが響き12着に大敗した。神経質な性格だったために前年リニューアルされた出張馬房の劣悪な環境に対応できず馬体重を大きく減らしてしまったとされる。レース後は社台ファームに放牧に出され、馬インフルエンザによる移動制限の影響で9月7日に帰厩した。輸送は他馬と感染しないように貸切で行われた。
秋は毎日王冠から始動。しかし、前半1000mの通過タイム57秒4という超ハイペースと59キロという厳しい斤量も影響してか、後ろから追いこんできたチョウサンに差されて3着に敗れた。なお10月12日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは、121ポンドの評価を得て21位タイとなった。次走は天皇賞(秋)に出走。前年と同じ7枠14番に入り、連覇を狙ったが、直線で他馬の走行妨害の被害を受け9着(10位入線)に敗れた。レース後の11月4日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは前回と同じ121ポンドの評価を得たが、順位を落とし27位タイとなった。
天皇賞(秋)後は接触の影響も考慮され第27回ジャパンカップに向かうことも視野に入れられたが馬体は回復し、11月13日に第24回マイルチャンピオンシップへの出走が発表された。マイルG1連勝の実績から1番人気に支持されたが、前走で不利を受けたとはいえ惨敗していることや年齢的な衰えを心配する声もあり単勝は3.8倍と評価はそれほど高くなかった。しかし迎えたレースではスーパーホーネットの追撃や大外から追いこんできたスズカフェニックスの追撃をしのぎ切り1分32秒7の好タイム(前年と同タイム)で史上5頭目の連覇を果たした。また、史上5頭目の安田記念との同一年2冠も達成。なお、妹のダイワスカーレットが前週に同じく安藤勝己を背にエリザベス女王杯を制しており史上4例目の2週連続兄妹(兄弟)GI勝利も達成した。レース直後にオーナーが年内で引退させる意向を明らかにし、11月26日にオーナー主催で行われた「ダイワメジャー・ダイワスカーレット感謝の会」で第52回有馬記念を引退レースとし、2008年より社台スタリオンステーションで繋養されることが発表された。18億円(3000万円×60株)のシンジケートは即日で満口となった。なお、アメリカから輸入のオファーがあったが断っている。
11月29日に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは、マイルチャンピオンシップを制したことにより120ポンドの評価を得た。さらに11月30日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースは、前回と同じ121ポンドの評価を得たが、順位を落とし28位タイとなった。
そして引退レースとなる有馬記念では、最初で最後となる妹ダイワスカーレットとの兄妹対決が注目された。両馬の主戦騎手の安藤勝己はダイワスカーレットに騎乗することになり、有馬記念の鞍上はミルコ・デムーロに乗り替わることが12月4日に発表された。同騎手とのコンビは約1年10ヶ月ぶりであった。12月6日には有馬記念ファン投票の最終結果で3位となる9万715票を獲得したことが発表され、12月14日には、引退式を有馬記念終了後の同日に行うことがオーナーより発表された。そして迎えた有馬記念では、妹に次ぐ単勝6番人気で、レースは2年連続3着となり、妹の2着に及ばなかったが、1番人気のメイショウサムソンなどには先着し、実力のあるところを見せた。そしてその日の全レース終了後引退式が行われ、安藤勝己、ミルコ・デムーロの両騎手、調教師、オーナーが参加した。なお獲得賞金は海外賞金を含め1,061,810,900円で歴代7位(2008年末現在ではメイショウサムソンに抜かれ8位)となった。


ダイワメジャー 社台スタリオンステーションにて
引退式後は美浦トレーニングセンターに戻り、12月26日に北海道へ移動、翌日には社台スタリオンステーションに到着した。また12月26日付で競走馬登録を抹消された。

ダイワメジャー 種牡馬時代
2008年1月8日には前年の成績が評価され、2年連続JRA賞最優秀短距離馬に選ばれた。1月16日に発表された2007年度のワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングでは、121ポンドで29位タイとなった。初年度には223頭の牝馬との種付けを行った。これは社台スタリオンステーションの種牡馬のなかでアグネスタキオンに次いで多い頭数である。初年度の種付け料は500万円である。
2011年に初年度産駒がデビュー。同年の小倉2歳ステークスをエピセアロームが優勝し、重賞初勝利をあげた。

ダイワメジャー 主な産駒
2009年産
エピセアローム(小倉2歳ステークス)

ダイワメジャー 競走成績
年月日	競馬場	競走名	格	頭
数	枠
番	馬
番	オッズ
(人気)	着順	騎手	斤
量	距離(馬場)	タイム
(上り3F)	タイム
差	勝ち馬/(2着馬)
2003.	12.	28	中山	2歳新馬		12	5	6	2.0	(1人)	2着	菊沢隆徳	55	芝1600m(良)	1:36.9(35.0)	0.0	モンスターロード
2004.	1.	17	中山	3歳未勝利		16	7	14	1.9	(1人)	1着	菊沢隆徳	56	ダ1800m(良)	1:56.4(39.4)	-1.5	(フサイチバルドル)
2.	29	中山	3歳500万下		16	8	15	1.4	(1人)	4着	菊沢隆徳	56	ダ1800m(良)	1:57.0(40.8)	0.8	フルオブファイト
3.	21	中山	スプリングS	GII	16	4	7	73.7	(11人)	3着	菊沢隆徳	56	芝1800m(稍)	1:48.5(36.3)	0.2	ブラックタイド
4.	18	中山	皐月賞	GI	18	7	14	32.2	(10人)	1着	M・デムーロ	57	芝2000m(良)	1:58.6(33.9)	-0.2	(コスモバルク)
5.	30	東京	東京優駿	GI	18	2	4	7.6	(4人)	6着	M・デムーロ	57	芝2400m(良)	2:24.3(36.3)	1.0	キングカメハメハ
9.	26	中山	オールカマー	GII	9	7	7	3.1	(2人)	9着	柴田善臣	56	芝2200m(稍)	2:15.0(36.7)	1.6	トーセンダンディ
10.	31	東京	天皇賞(秋)	GI	17	8	17	37.5	(12人)	17着	柴田善臣	56	芝2000m(稍)	2:02.9(38.6)	4.0	ゼンノロブロイ
2005.	4.	3	中山	ダービー卿CT	GIII	16	3	5	5.8	(3人)	1着	柴田善臣	57.5	芝1600m(良)	1:32.3(34.5)	-0.3	(チアズメッセージ)
6.	5	東京	安田記念	GI	18	2	3	6.8	(2人)	8着	柴田善臣	58	芝1600m(良)	1:32.8(35.0)	0.5	アサクサデンエン
7.	31	新潟	関屋記念	GIII	18	6	11	2.7	(1人)	2着	横山典弘	57	芝1600m(良)	1:32.4(33.6)	0.1	サイドワインダー
10.	9	東京	毎日王冠	GII	17	2	3	4.6	(1人)	5着	横山典弘	58	芝1800m(稍)	1:47.0(33.8)	0.5	サンライズペガサス
11.	20	京都	マイルCS	GI	17	6	12	13.0	(4人)	2着	C・ルメール	57	芝1600m(良)	1:32.1(34.9)	0.0	ハットトリック
2006.	2.	26	中山	中山記念	GII	12	1	1	2.1	(1人)	2着	M・デムーロ	58	芝1800m(重)	1:49.7(36.3)	0.8	バランスオブゲーム
4.	15	阪神	マイラーズC	GII	11	8	11	1.8	(1人)	1着	安藤勝己	58	芝1600m(稍)	1:36.2(34.7)	-0.1	(ダンスインザムード)
6.	4	東京	安田記念	GI	18	1	1	5.8	(2人)	4着	安藤勝己	58	芝1600m(良)	1:33.1(34.8)	0.5	ブリッシュラック
6.	25	京都	宝塚記念	GI	13	4	4	25.6	(4人)	4着	四位洋文	58	芝2200m(稍)	2:14.1(36.7)	1.1	ディープインパクト
10.	8	東京	毎日王冠	GII	16	8	16	6.4	(3人)	1着	安藤勝己	58	芝1800m(良)	1:45.5(34.5)	0.0	(ダンスインザムード)
10.	29	東京	天皇賞(秋)	GI	16	7	14	7.0	(4人)	1着	安藤勝己	58	芝2000m(良)	1:58.8(35.2)	-0.1	(スウィフトカレント)
11.	19	京都	マイルCS	GI	18	5	10	2.3	(1人)	1着	安藤勝己	57	芝1600m(良)	1:32.7(35.1)	-0.1	(ダンスインザムード)
12.	24	中山	有馬記念	GI	14	4	5	15.1	(3人)	3着	安藤勝己	57	芝2500m(良)	2:32.5(35.3)	0.6	ディープインパクト
2007.	3.	31	UAE	ドバイDF	GI	18	13	13	-	-	3着	安藤勝己	57	芝1777m(良)	-	-	Admire Moon
6.	3	東京	安田記念	GI	18	1	2	4.4	(2人)	1着	安藤勝己	58	芝1600m(良)	1:32.3(34.4)	0.0	(コンゴウリキシオー)
6.	24	阪神	宝塚記念	GI	18	6	11	11.0	(5人)	12着	安藤勝己	58	芝2200m(稍)	2:15.8(39.8)	3.4	アドマイヤムーン
10.	7	東京	毎日王冠	GII	14	1	1	1.8	(1人)	3着	安藤勝己	59	芝1800m(良)	1:44.5(34.8)	0.3	チョウサン
10.	28	東京	天皇賞(秋)	GI	16	7	14	5.6	(3人)	9着	安藤勝己	58	芝2000m(稍)	1:59.3(35.4)	0.9	メイショウサムソン
11.	18	京都	マイルCS	GI	18	4	8	3.8	(1人)	1着	安藤勝己	57	芝1600m(良)	1:32.7(34.5)	0.0	(スーパーホーネット)
12.	23	中山	有馬記念	GI	15	2	4	15.2	(6人)	3着	M・デムーロ	57	芝2500m(稍)	2:34.2(36.4)	0.6	マツリダゴッホ

ダイワメジャー 血統表
ダイワメジャーの血統 (サンデーサイレンス系(ヘイルトゥリーズン系)/Almahmoud4×5=9.38%、Lady Angela4x5=9.38%(母内))
父

*サンデーサイレンス
Sunday Silence 1986
青鹿毛 アメリカ	Halo 1969
黒鹿毛 アメリカ	Hail to Reason 1958	Turn-to
Nothirdchance
Cosmah 1953	Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well 1975
鹿毛 アメリカ	Understanding 1963	Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower 1964	Montparnasse
Edelweiss
母

スカーレットブーケ 1988
栗毛 北海道千歳市	*ノーザンテースト
Northern Taste 1971
栗毛 カナダ	Northern Dancer	Nearctic
Natalma
Lady Victoria	Victoria Park
Lady Angela
*スカーレットインク
Scarlet Ink 1971
栗毛 アメリカ	Crimson Satan	Spy Song
Papila
Consentid	Beau Max
La Menium F-No.4-d
スカーレット一族の一頭であり、母のスカーレットブーケも重賞4勝の実績馬。
スカーレットブーケの全弟・全妹にはヴァーミリアン(川崎記念、ジャパンカップダート)、サカラート(東海ステークス)の母の母であるスカーレットローズ、トーセンジョウオー(エンプレス杯)の母の母であるスカーレットブルーがいる。
全姉には2000年の阪神3歳牝馬ステークスで2着に入ったダイワルージュ、全兄には種牡馬であるスリリングサンデーがいる。
半妹には2007年の桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯、2008年の有馬記念を制したダイワスカーレット(父アグネスタキオン)がいる

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